Steve Jobs氏は、"ギーク"を名乗る技術者としてキャリアをスタートさせたが、経営者としての側面も見逃せない。同氏は同社に復帰後、数年がかりで時価総額で世界一の企業に押し上げたが、氏のマネジメント力なしには不可能だったはずだ。

英国のIT情報サイトのSilicon.comが、「Steve Jobsから学ぶマネジメントのレッスン10(原題:Ten leadership lessons from the Steve Jobs school of management)」として、先日発売された同氏の伝記『Steve Jobs』から経営面での教訓を10つ挙げている。ここでは、その中から8つを紹介しよう。

(1)意思決定は迷いなく、変更も恥じることなく

Jobs氏は自分の直感に敏感で、自分が達成したいことを理解しており、どうすればよいかもわかっていた。意思決定の場で選択肢の間をウロウロする経営者もいるが、同氏に限ってはそんなことなかったようだ。

トップが強い意見を持てば、周囲はそのビジョンに賛同するか、そうでない場合は代替案を提示することを求められる。だからといって、同氏は自分の考えを絶対に変えないというわけではなく、代替案がよいと思えば自分の考えを変更したり、採用したりすることにも前向きだったという。重要なのは、誰のアイデアや意見かではなく、アイディアそのものである――当たり前ではあるが、このことが社内の勢力争いや政治にかすんでしまっている組織もあるだろう。

(2)要点を絞ったコミュニケーション

相手を酷評したり、毒舌を吐いたりするというJobs氏の一面はよく知られているが、相手のアイディアが良くないと思った時はそれをきちんと伝えていたという。「イライラさせるという形容がぴったりだが、自分を刺激し挑戦することを望んでいた。単に従うだけの"イエスマン"は"まぬけ"として容赦しなかった」とのこと。周囲に対しては、明確な思考ができることを重視し、攻撃することでその明確さを証明するよう奨励していたという。

こうしたJobs氏の特徴は、"一緒に働きやすい人"とは対極を成すと言える。記事では、同氏自身が後に失敗と認めた「MobileMe」でのエピソードを紹介している。MobileMeがトラブルに見舞われた際、同氏はチームを呼びつけ、MobileMeが提供すべきサービスを問いただした。チームが回答すると、Jobs氏は「じゃあ、どうしてそれができないのか?」と罵声を浴びせたとのことだ。

筆者は「トップが曖昧な言葉を使わずにストレートに話したからこそ、Appleは戦略を明確に保つことができた」と分析している。

(3)絞り込みはシンプルに

Jobs氏がAppleに戻った後に最初に行ったことの1つが「製品ラインの絞り込み」だ。「各事業部に製品ラインの増強を奨励したり、アイディアを次々と花咲かせたりするのではなく、優先事業を2、3個に絞り込んだ」とIsaacson氏は記している。Appleでは、コンシューマー向けのデスクトップとノート型、プロフェッショナル向けのデスクトップとノート型の4種類に絞り込むことで、開発側と経営側が取り組みを集中できたという。

「何かをしないと決めること――それは何かをすると決めるのと同じぐらい重要だ」というJobs氏の言葉がある。選択と集中――いくつかの企業がこの戦略により繁栄を築いたが、Appleもその好例と言える。

(4)ディテールへのこだわり

Isaacson氏は著書に「Jobs氏が細かなところにもこだわりを持っていた」と記している。「Insanely Great(メチャクチャすごい)」という言葉とともに満足げに製品を披露する影には、完璧主義で知られるJobs氏の並々ならぬこだわりがあった。そのため、満足できない製品は出荷しなかったようだ。

例として、初代「iPhone」が完成寸前で見直しになった話が明かされている。Jobs氏はデザインを統括するJony Ive氏に対し、「昨夜はまったく眠れなかった。(初代iPhoneが)好きになれないと気が付いたんだ」と伝え、チームは再度、週末も夜な夜な作業をすることになったという。そうやって生まれたiPhoneの成功はわれわれの記憶に新しい。

完璧主義に徹するのは難しい。特に組織の中にいればなおさらだ。細部に目をつぶって次の製品で修正しようという企業もあるはずだが、Jobs氏はこだわりを貫き、それがユーザーの心を掴んだのだろう。

(5)コラボレーションと統合を生む組織構造

Jobs氏が好んで使っていた言葉に、「深いコラボレーション」と「コンカラント(同時進行)のエンジニアリング」があるという。Appleの大きな強みは、ウィジェットをデザイン、ハードウェア、ソフトウェア、コンテンツと統合してひとまとめにすることにあると信じて、Jobs氏は意識的に全部門が平行して動くような組織を組み立てた。

Jobs氏が編成した組織は、機能ごとに分かれた"サイロ"ではなく、全体として統合できるように組まれたもので、この構造は、Appleがフォーカスを絞り込み迅速に動くにあたり、とても重要だったようだ。

新規採用でもこの統合アプローチが貫かれた。Jobs氏は部門を越えて協業することを求めていたようで、Isaccson氏によると、「マーケティング部門のスタッフを採用する際も、デザインや開発チームとも話をしてもらう」と述べていたようだ。このような統合への取り組みが功を奏し、Appleは製品だけではなく、ユーザーにライフスタイルとして提案し、ブランド力を強化できたと言える。

(6)ミーティングは大切だがプレゼン資料は不要

Jobs氏は精力的にさまざまなミーティングに参加していたが、誰かがパワーポイントを使ってプレゼンテーションを行い、その他の人はそれを見るという受動的な内容ではなく、活発な対話を求めていたという。

スライドによる資料を使うことは思考の妨げになると信じていたようで、「自分が話したいことがわかっている人は、パワーポイントはいらないはずだ」と述べていたという。

(7)話し合いは散歩をしながら

Jobs氏はよく散歩しながら交渉や話し合いを行ったという。動きながら考えると思考によいという説があるが、Jobs氏は一緒に歩くことで結びつきを深めたかったようだ。Jobs氏が後に社長となるJohn Sculley氏をPepsiから引き抜いたのは有名な話だが、「このまま一生砂糖水を売り続けたいか? それとも世界を変えたいか?」というキメの言葉も、ニューヨークのセントラルパークをSculley氏と散歩する時に吐かれた言葉だったとのことだ。

(8)未来を常に考える

最後は戦略や方向性に関するポイントだ。Jobs氏は毎年「The Top 100」として厳選した従業員を連れて合宿のようなことをやっていたという。

こうした合宿に加え、Jobs氏は定期的に(毎週4~5時間)将来についてのディスカッションの時間を持っていたそうだ。そのお題は「各製品がどのように進化すべきか」や「今後何を開発すべきか」などだったという。その昔は新規に従業員を雇う際も、「われわれは将来を発明するのだ」と啓発していたらしい。同時に、将来の取り組みが既存の機能を台無しにすることがないようにも心がけていたという。このようなJobs氏の姿勢こそ、Appleが古くならず、常に時代の半歩先を歩いていたことに関係ありそうだ。