名古屋大学(名大)は11月17日、肺腺がんの転移抑制機構を解明したことを発表した。研究は名古屋大学院医学系研究科分子腫瘍学分野の高橋隆教授らによるもので、欧州分子生物学機構の機関誌「EMBO Journal」オンライン版に日本時間11月16日に掲載された。

肺がんは、1990年代より日本における男性のがん死亡原因の第1位を占めており、1年間に6万人がなくなっている。中でも肺腺がんは、喫煙とは非常に弱い関連性を示す末梢肺から発生するが、日本を初めとする先進諸国で罹患が増加する傾向にあり、その過半を占めている病だ。

高橋教授は2007年に肺腺がんに特徴的な遺伝子「TIF-1」(甲状腺転写因子1:甲状腺以外には細気管支や肺胞の上皮細胞に得意敵に発現している、末梢肺の発生・分化に必須な転写因子で、肺腺がんではその生存に必須なリネッジ特異的がん遺伝子として働く)を発見し、その後に米国の3グループからも相次いで同様の知見が報告された。しかし、奇妙なことにTIF-1の発現が、肺腺がん患者の外科切除後の良好な生命予後と有意に関連することも相次いで報告され、謎とされていたのである。

今回研究グループが明らかにしたのは、遺伝子「ミオシン結合蛋白H」(MYBPH)の発現がTIF-1によって直接誘導されていること。それにより、がん細胞の運動、浸潤、転移を抑制していることが確認されたのである。

MYBPHは細胞骨格の制御に関わるミオシンに結合するタンパク質の1つとして単離されたが、その機能はこれまでほとんど未解明のままだった。しかし今回の研究で、TIF-1によって直接誘導されたMYBPHが、がん細胞の運動、浸潤、転移において重要な細胞骨格の変化を、リン酸化酵素「ROCK1」に結合してその働きを抑制することによって、負に制御していることが明らかになったのである。

例えるなら、肺腺がん細胞においてがんの増殖や増悪過程において、クルマのアクセルに当たるTIF-1によってMYBPHの発現誘導が生じているのは、サイドブレーキを引いたまま突っ走ろうとしているような状況というわけだ。

しかし、TIF-1陽性のがん細胞は、巧妙にもしばしばTIF-1が結合してその発現を誘導するMYBPH遺伝子のプロモーター領域と呼ばれる部位において、DNAの異常なメチル化を引き起こして、MYBPHの発現を制御していることも同時に確認されている。

研究グループでは、今回の研究により、MYBPHと同様の働きを持つ薬剤を開発したり、MYBPHが不活化されたがん細胞で再びMYBPHを発現させたりできる薬剤の開発を促し、極めて予後の悪い肺腺がんの転移を抑制する新たな戦略の樹立へとつながることが期待されるとした。