東京大学(東大)物性研究所の嶽山正二郎 教授および同大大学院工学系研究科博士課程3年の宮田敦彦氏らの研究チームは、室内実験室にて700Tの超強磁場発生技術の開発に成功したほか、超強磁場極限状態下で極低温を実現し、これを用いて強力なフラストレーションを持つ反強磁性体の磁気物性測定を行った結果、精密で信頼性ある測定を600Tまで行うことに成功したことを発表した。同成果は、米国物理学会誌「Physical Review Letter」に掲載された。

今回の研究対象の物質はスピネルという構造を持つZnCr2O4磁性体。同物質の磁性を決定づける磁気スピンは、3次元的なフラストレーションを有しており、このような磁気フラストレーションは、物質の性質を司る電荷、格子、電子軌道と絡んで、スピン液体、スピンアイスなど新奇で多彩かつ普遍的な量子的な物理現象を引き起こすことが知られている。

また、今回の研究では、極限超強磁場に至る磁気的な秩序を見いだしただけでなく、磁気光物性の手法を用いて極限超強磁場300T以上の強磁場相で新奇な磁気相を発見したという。現在、ヘリウム4(4He)をめぐっては、固体でありながら超流動性を示すという新しい量子的な「超固体相」の存在などの議論が行われているが、今回の発見によりマグノン描像での超流動、超固体相などの量子相が外部磁場によって美しく整列していることが明らかにされた。これは、物理学の普遍性という観点からもインパクトを与える重要な発見だという。

4Heの相とZnCr2O4で観測された磁気相の対応。一般的に、超固体相は、相図において固体と超流動体の間に挟まれて存在する。このことから、今回観測された新奇な磁気相は、磁気的な超流動相に対応する

さらに、幾何学的フラストレート磁性体では、図1に示されるような幾何学的な条件により、最適なスピンの向きが決まらず、理論的には最低エネルギーをとる磁気的な構造が巨視的な数になってしまう。この巨視的な数は縮退とも言われるが、僅かな物理的な摂動により解消されてしまうため、従来の磁性体では観測されてこなかった新たな磁気相が観測されることになった。加えて、縮退の解け方の違いによって磁気相は多彩な形で現れることから、強磁場が、この巨視的な縮退を解消する多様な機構を解明するための1つの有力な方法となるものと研究チームでは指摘しており、外部からの強力な磁場をかけることで強制的にスピンの向きを揃えた強磁性相にし、幾何学的フラストレーションの効果を解消できるようになるとしており、この全磁化過程の観測の過程で、磁場で誘起されるまったく予想もつかない磁気的な秩序相が観測される可能性もあるとしている。

図1 正方形上では、反強磁性的に(反平行に向く)相互作用するイジングスピン(スピンは上向きか下向きをとる)を配列することは可能。一方で、正三角形上で反強磁性的に相互作用するスピンを配列しようとしてもすべてのボンドで反強磁性的な配列をすることができない。この結果、正三角形上に最低エネルギーのスピンを配置する場合の数は6通りになり、正三角形が連なるにつれて配置の数は巨視的な数となる

今回の対象物質は、強い幾何学的フラストレーションが期待される物質で、巨視的な縮退の解消のために格子歪みが起こり、スピン-格子相互作用が重要であることが分かっている。この物質に対してすべての磁気スピンが揃う「強磁性相」までの全磁化過程を観測するには300~400T以上の磁場が必要であるという理論的な予測もあり、今回の実験では、特に400T以上の超強磁場で実現する強磁性相の少し手前の低磁場側において、磁気光吸収スペクトル強度の異常を発見した。

図2 (a)最近開発に成功した電磁濃縮超強磁場発生用コイルと室内世界最高磁場730Tを発生した瞬間の磁場信号のデータ。白黒写真は、銅のライナーと呼ばれるリングが高速に収縮し磁束を絞り込んでいる瞬間。(b)電磁濃縮法を用いた物性測定では、マイクロ秒の時間で600Tまで磁場が急速に上昇するので、大きな誘導電流が流れないようにコイル近くはすべて絶縁体で作製。非常に限られた磁場発生空間内で600Tまでの物性測定をするには写真のような自作のミニチュア低温容器(クライオスタット:直径6mm)を自作したという。写真はエポキシ樹脂(スタイキャスト)製のクライオスタット。(c)低温容器を真空下に置くための真空チャンバごとコイルに取り付ける方式を採用した。これらはすべて研究チームが自ら製作したオリジナルなものとなっている

この異常により、従来の理論枠組みでは説明できない新奇でかつ重要な物理的意味を持つ磁気相が存在することが明らかとなり、研究チームでは、4Heと磁性体での対称性の破れにおける類似性に着目し、新奇な磁気相が超流動相に対応する相であると提案している。

図3 電磁濃縮法を用いた600 Tまでの磁化過程と光吸収強度の変化(温度は4.6K)。これにより、飽和磁化までの磁気相がすべて解明された

今回の600Tまでの磁場、5Kまでの低温下という極限環境下での物性測定の成功が、今後、様々な幾何学的フラストレート磁性体へと応用されることで、現在物性物理全般の研究領域で重要な話題となっている「幾何学的フラストレーション」に関わる物理学の課題の解明へと繋がることが期待される。