クリプトコッカス症は主として酵母菌真菌クリプトコッカス・ネオホルマンスが引き起こす人畜共通の日和見感染症で、AIDSや末期ガン患者などの免疫不全患者を中心に全世界で年間60万人の人がこの菌の感染で死亡している。同病原菌には、ヒトには存在しない特別な構造の糖脂質が存在しており、病原性に強く関与していることが知られている。今回、九州大学(九大)の研究チームは、真菌特異的な糖脂質を分解する酵素を発見し、クリプトコッカスにおける糖脂質代謝経路を解明した。同成果は同大農学研究員の伊東信教授、および日本学術振興会の石橋洋平 特別研究員(現 理化学研究所 基礎特別研究員)らによるもので、米国生化学・分子生物学会誌「Journal of Biological chemistry」(電子版)に掲載された。
クリプトコッカスは近年、健康な人にも感染する強毒性のものが、日本や米国、カナダなどで発見されており、それによる死亡例も報告されるようになてきている。この強毒性のクリプトコッカスは、元来、亜熱帯や熱帯地方に生息していたが、地球温暖化や気象変動により北半球の広域で猛威を振るうようになったものと考えられているが、クリプトコッカス症はワクチンなどの有効な予防法が確立しておらず、新しい治療薬や予防薬の開発が求められていた。
クリプトコッカスの糖脂質(グルコシルセラミド)は、その脂質(セラミド)部位の構造がヒトと大きく異なっており、病原性に強くかかわっていることが知られている。この糖脂質がクリプトコッカス菌体内でどのように代謝されているのかはまったくわかっていなかった。今回、研究チームは、この糖脂質の代謝に係わる酵素(EGCrP1)を特定することに成功した。
この酵素は菌体内で不要になった真菌型グルコシルセラミドを分解するだけでなく、合成途上で誤って合成された規格外のグルコシルセラミドも分解除去していることが確認された。こうした規格外のグルコシルセラミドは、病原性に関与しないことが知られており、同酵素によるグルコシルセラミドの品質管理は、クリプトコッカスが病原性を保つための重要な機構の1つと考えられるという。
また、この酵素遺伝子を破壊したところ、病原性に重要な役割を持つ莢膜形成の異常も観察されたとのことで、これにより病原性に係わる糖脂質の代謝経路を標的にした、新しい治療薬や予防薬の開発につながることが期待できるという。
さらに、今回発見された糖脂質分解酵素遺伝子は、クリプトコッカスのみならず、四大真菌症であるムコール症、アルペルギルス症、カンジタ症の病原菌、およびイネいもち病などの植物病原菌にも存在することが確認されており、今回の発見により、病原性真菌に共通する糖脂質代謝機構の解明、ならびにそれを標的にした抗真菌剤の開発につながることが期待されると研究チームでは説明している。