東京大学と理化学研究所(理研)は、ヒトの「第一次視覚野」が意識内容の変化に応じないことが判明したと発表した。これは意識に関する定説を覆す結果で、「意識の脳内局在説」(意識が脳の一部の神経活動によって担われているとする仮説)を支持する結果であったことを報告した。研究は東大工学系研究科の渡辺正峰准教授と理化学研究所脳科学総合研究センターの程康ユニットリーダーらによるもので、成果は「Science」11月11日号に掲載された。
「意識はどのような形で、身体のどこに宿るか」という疑問に対し、人類は数千年にわたって哲学や近年の脳科学によって研究を重ねてきた。なお、近年は脳科学が発展してきたことによって、脳の神経活動自体が意識を担うとする一元論のもと、「脳のどこで、いかなる神経活動によって意識は実現されているのか」という問いへと論点は移ってきている。
中でも、今回の研究で扱われた「第一次視覚野は意識内容の変化に応じて神経活動を変動させるのか」という問いは、意識の局在説の可否を明らかにする上での中心的な課題だ。
第一次視覚野には、一部に意識のアクセスすることのできない情報(照明光補正された一般的な色知覚と異なる「ナマ」に近い光波長情報、「固視微動補正」以前の時空間ゆらぎ情報など)が存在しているため、問題は領野単位としての意識への関わりに絞られている。
この20年ほど、ヒトやサルの第一次視覚野において、視覚的な知覚内容の変化に合わせて神経活動が変動することが報告されたことから、意識が脳全体にまたがるようなホリスティックな神経活動によって担われているとする学説が定着しつつあった。
研究グループは、心理学的な意味での「注意」(これが向けられることにより、脳での処理速度や精確性が上がる)による脳活動が、従来研究の測定結果に干渉(意識内容に合わせて注意が同期して変動)していた可能性に着目し、新たに開発した錯覚刺激を用いて注意の影響を分離してfMRI(functional magnetic resonance imaging:機能的磁気共鳴画像法、神経活動によって生じる還元ヘモグロビン濃度変化を測定する非侵襲脳計測技法)計測を実施。結果、ヒトの第一次視覚野が意識内容の変化に応じないことが明らかとなり、定説を覆したのである。
意識内容の変化に応ずる脳活動を計測するには、感覚入力の影響を排除しなければならない。一般的な手法として、物理的感覚入力としては一定ながら「見え」が変化する「知覚交代刺激」(画像1)に対する観察者の時々刻々の「知覚内容」を記録し、それと脳活動の関連性を解析するものが挙げられる。
今回の研究のように知覚と注意を独立に操作するためには、観察者の報告に頼らない方法を用いる必要があり(報告によって対象へと注意が向いてしまう)、ここではCFS(Continuous Flash Suppression)を基に新たな錯覚刺激を開発して実施した。CFSとは、10Hzほどで更新されるにぎやかな刺激を片目に呈示することによって、もう片方の目に呈示された刺激が数分間にわたってまったく知覚されることのない現象である。
ポイントは、安定した脳活動を生じさせるために動的刺激(横方向に動く縞模様)を知覚ターゲットに用いたこと、さらには知覚ターゲットに限定された脳活動を計測できるように、知覚抑制を施す側の刺激にドーナツ状の無地領域を設定したことだ(画像2)。具体的な計測は、知覚ターゲットの「見えの有無」と知覚ターゲットへの「注意の有無」の4つの海合わせ条件で行い、結果を得たというわけである。
この数年で意識の科学は転換点を迎えつつあるという。意識の局在説の可否に関しては、異なる刺激条件、実験対象、計測手法などによる今後の検証が待たれるが、これを明らかにすることが意識を理解する上での1つの拠点となり、意識のあり方を問う最新の理論に多大な影響を及ぼすものと思われる。
また、人工感覚器をどのレベルで、どのような情報コーディングを通して接続するべきか、さらには接続レベルによる双方向性通信の必要性の有無など、意識の基礎研究で得られた知見の医療応用への貢献も期待されているとした。