粒子物理学/ニュートリノ物理学の研究分野において注目される実験の1つである「ダブルショー実験(Double Chooz Experiment)」の研究グループは11月9日、その最初の測定結果として、近距離での反電子ニュートリノの消失現象を報告した。同成果は、韓国のソウル国立大学で行われている「第6回低エネルギーニュートリノに関する国際会議」において発表された。

ニュートリノには3つの「香り(世代)」と呼ばれる種類が存在し、1990年代後半に、その種類が自然に変化する現象が発見された。これは「ニュートリノ振動」と呼ばれ、ニュートリノに質量が存在するという重要な帰結を意味しており、この発見により小柴昌俊博士は2002年ノーベル物理学賞を受賞している。

ニュートリノ振動の全貌を解明するため、素粒子物理学の分野では世界的にさまざまな実験が活発に行われており、ダブルショー実験では原子炉(仏フランス・アルデンヌのChooz原子力発電所)から生成されるニュートリノを近距離において高精度で測定することによりニュートリノ振動を測定を行う。

データ収集は2011年4月より始まり、今回の成果発表では、(反電子)ニュートリノの生成量から予想される数に比べてニュートリノ振動が減少している(欠損)ことがわかり、近距離での振動現象と見なせる結果が得られた。

ニュートリノの3つの香り(フレーバー)は、その電荷をもつパートナーの名前により「電子」「ミュー」「タウ」の3タイプに分けられる。振動現象は3つの「混合角」に依存するが、そのうち2つの角度は値が大きく、すでに測定されており、3番目のθ13(シータいちさん)と名づけられた角度だけが、何故か値が小さく、確定的な値は上限のみが求まっている状態であった。

この値により、ニュートリノと反ニュートリノの振動の違いを測定する将来の実験(レプトンにおけるCP対称性の破れの測定)の実現可能性が大きく左右され、この対称性の破れが、宇宙における物質と反物質の非対称性を解く鍵になると言われている。

すでに2011年6月以降、日本のT2K実験を始めとする加速器実験で、第3の角度が関係するミューニュートリノから電子ニュートリノへの変化の兆候が報告されており、今回のダブルショー実験の成果も電子ニュートリノの欠損を測定することで、やはり第3の角度が起こす振動を検出する、相補的な実験となっている。そのため、T2K実験とダブルショー実験の結果を合わせることで、θ13が有限値を持つことが高い確度で確認できたこととなる。また、ダブルショーと同じ原理でθ13を測定する実験として韓国のRENO実験と中国のDaya Bay実験があり、いずれも実験が始まっている。

現在ダブルショーは原子炉から約1000mの場所にある1台の検出器を用いている。今後のデータによって精度はより改善しますが、2012年度に完成予定の「前置検出器」が400mの場所で並行してニュートリノ測定を始めると、同距離では振動がまだ始まっていないと見なせるため、両者の測定を比べることでさらに誤差を小さくすることができるため、さらに精度の改善が見込まれるという。

どちらの検出器も今回新たに開発された10m3の有機液体シンチレータをニュートリノ標的として用いている。原子炉ニュートリノが標的内で逆ベータ崩壊という反応を起こす時に発生する中性子を捉えるために、シンチレータにはガドリニウム原子が混ぜられており、標的の周囲を他の有機液体で覆われており、外部からの素粒子や環境放射線を遮蔽している。シンチレータから発生した光は390本の光電子増倍管で電気信号に変換され、この信号はデータ収集装置によって処理され、今後5年の間、データ収集が見込まれている。

なお、ダブルショー実験はブラジル、英国、フランス、ドイツ、日本、ロシア、スペイン、米国の大学と研究所から成る国際共同実験で、日本からは東北大学、東京工業大学、首都大学東京、新潟大学、神戸大学、東北学院大学、広島工業大学が参加している。