東京大学大学院医学系研究科の鈴木洋 特任助教および宮園浩平 教授らの研究グループは、細胞内のタンパク質の発現を調節し、がんなどのさまざまな疾患に関与するmicroRNA(miRNA)が、MCPIP1と呼ばれる新たなRNA分解タンパク質によって調節されていることを突き止めた。同成果は、米科学誌「Molecular Cell」に発表された。

ヒトの体を構成する細胞の中で、RNA(リボ核酸)は、通常DNA(デオキシリボ核酸)・ゲノムが持つ遺伝情報からタンパク質を組み立てる際の、遺伝情報のコピー・タンパク質の設計図として使われる。しかし、一方で、現在、タンパク質の設計図とならないRNAが細胞の中には多く含まれていることも明らかになっている。

中でも、microRNAと呼ばれる小さなRNAは、主に、タンパク質の設計図となる他のRNAを抑制することで、さまざまなタンパク質の産生を調節するというユニークかつ重要な機能をもっており、その標的とするタンパク質の種類が極めて多岐にわたることを反映して、多種多様な細胞の機能を調節するほか、発生のタイミングといった重要な生命現象、および、がんなどのさまざまな病気にも関わっていることが近年、明らかになってきており、miRNAの測定に基づく病気の診断法やmiRNAの働きを応用した治療法の研究が世界各所で進められるようになってきている。

miRNAは、細胞の中でDNAから長いRNA(miRNA一次転写産物)として作られた後、核の中でDroshaと呼ばれるRNA切断タンパク質によって切断されることで、ヘアピン状のやや小さなRNA(miRNA前駆体)へと形を変える。その後、miRNA前駆体は、細胞質でもう1つのRNA切断タンパク質、Dicerによって切断されることで、成熟型のmicroRNAへと変換され機能するようになる。

miRNAが細胞内で作られるこれらの過程はこれまでの研究で明らかになってきたが、一方で、miRNAの量が細胞内でどのように維持されているのか、あるいは、miRNAの量が細胞内で減るときにどのような仕組みで減るのかについてはほとんど分かっていなかった。例えば、がんでさまざまなmiRNAが減ってしまうメカニズムを理解するためには、特にこの謎を解明することが重要である。

今回、研究グループは、MCPIP1と呼ばれる、Drosha、Dicerとは別の新たなRNA切断タンパク質が、miRNA前駆体を分解・破壊することでmiRNAの産生を抑制することを突き止めた。

さまざまなRNAに結合するタンパク質がmiRNAの調節に関与している可能性を検討した結果、細胞の免疫応答に関係するMCPIP1と呼ばれるタンパク質がmiRNAの活性と発現量を強く抑制することが判明。詳細に調べた結果、MCPIP1は、細胞質でmiRNA前駆体をRNA切断タンパク質として破壊し、DicerのRNA切断による成熟型miRNAの産生を阻害することが見出された。

Drosha、DicerによるmiRNA産生機構と、MCPIP1によるその抑制

DicerもMCPIP1もともにRNA切断タンパク質だが、DicerがmiRNA前駆体のヘアピン構造の一本鎖状のループ部分と二本鎖状のステム部分の境界を規則正しく切断するのに対し(二本鎖状のステム部分が成熟型miRNAとなる)、MCPIP1はヘアピン構造のループ部分を不規則に切断することが明らかとなり、小さなRNAの誕生と破壊を司る2つのRNA切断タンパク質が細胞内にともに存在し、miRNAの産生を巧妙に調節するという新たな概念に到達した。

DicerとMCPIP1によるmiRNA前駆体の切断の仕方の違い

また、多くのがんでさまざまなmiRNAの発現異常が認められ、Dicerの発現量とがんの予後が関係することも報告されている。肺がんの遺伝子発現データを解析した結果、この解析でもDicerとMCPIP1が拮抗する関係にあることが示唆された。

これらの知見は、miRNAシステムの負の調節機構を明らかにし、miRNAが作られ機能する基本メカニズムと生命の進化の過程におけるその変遷をより深く理解し、がんなどのさまざまな病気でのmiRNAの異常を理解するための新たな視点を提供するものとなるほか、人工的な核酸などを薬として使う場合の細胞内のRNAの変化を理解し予測するためにも重要な知見であると考えられると研究グループでは説明している。そのため、この発見をもとに、miRNAとさまざまな疾患の関係に関する研究、およびこれに基づく診断・治療への応用に向けた研究が進展することが期待されるという。