京都大学の篠原隆司 医学研究科教授らの研究グループは、マウスを用いた実験によって、移植された精子幹細胞が精巣内に生着する分子メカニズムを明らかにした。同成果は、竹橋政則 大阪大谷大学専任講師との共同研究で得られ、米国科学誌「Cell Stem Cell」に掲載された。

1994年にマウスにおいて精子幹細胞移植法が開発され、初めて精子幹細胞の自己複製能と分化能を機能的に評価することが可能となった。この精子幹細胞の移植実験は、精子幹細胞にも造血幹細胞と同様にホーミング活性があることを示した初めてのものでもあり、研究グループではこの後、精子幹細胞の長期培養法を開発し、精子幹細胞を用いた個体遺伝子改変技術の開発に際して、精巣からES細胞と同等の分化多能性を持つ多能性精子幹細胞(mGS細胞)が生じることを発見していた。

今回の研究は、当初、マウスの精子幹細胞からmGS細胞を誘導する目的で始められた。精子幹細胞がmGS細胞に変化する際には、細胞増殖が活発であることが多いことから、増殖促進が細胞の多能性獲得につながるとの仮説を立て、精子幹細胞の増殖を促進する分子を同定するために、さまざまな化合物や分子のスクリーニングを行った。その結果、Rac1の働きを抑制すると、精子幹細胞の増殖を誘導することが判明した。

また、移植結果の解析の過程で、Rac1の活性を抑制した精子幹細胞は、精巣に生着する頻度が極度に低下していることが確認され、このことは、Rac1が精子幹細胞のホーミングに重要な役割を担っていることを示唆するものであるとのことから、さらにRac1がマウスの精子幹細胞のホーミングの過程のどこに作用するか解析を開始。精子幹細胞のホーミングは、(1)精子形成支持細胞であるセルトリ細胞への接着、(2)セルトリ細胞間の密着結合で構成された血液精巣関門の通過、(3)幹細胞ニッシェへの接着、(4)自己複製という4段階で進行すると考えられており、移植過程の解析の結果、Rac1は移植効率に最も影響を与えると考えられているステップ2(血液精巣関門の通過)に関与することが示された。

さらにRac1の下流標的分子として、血液精巣関門の密着結合帯を構成するClaudin3を同定。Rac1の働きを抑制した精子幹細胞においては、このClaudin3の発現が低下しており、そのために血液精巣関門の密着結合帯を通過できないことがホーミング効率の低下の原因だと推論し、実際にRac1の働きを改変していない精子幹細胞においてClaudin3の発現を低下させたところ、Rac1の働きを抑制した精子幹細胞と同様にホーミングが抑制されることを確認した。

この結果、Rac1の働きが精子幹細胞の増殖とそのホーミングを制御する重要な分子であることが明らかとなり、これによりRac1分子の働きを調節することで、精子幹細胞の増殖や移植効率を自在に操作することができる可能性が示されたこととなることから、研究グループでは、将来的に幹細胞を用いた応用技術の発展に貢献できる可能性があるとの考えを示している。

精子幹細胞の精巣へのホーミングにおけるRac1の役割。精子幹細胞(SSC)は精巣の精細管に移植されると、精細管内腔に拡散した後、(1)セルトリ細胞に接着する。次に、(2)密着結合で構成される血液精巣関門を通過。密着結合はセルトリ細胞で作られたClaudin3で構成されているが、この時精子幹細胞自身も、Rac1の作用によりClaudin3を発現することで、密着結合帯を通過することが今回の研究で判明した。その後、(3)精細管の最も外側にある基底膜(精子幹細胞ニッシェ)に接着し、(4)自己複製と精子形成を開始する