東京工業大学(東工大)生命理工学研究科の岡田典弘教授と二階堂雅人助教らの研究グループは、ミトコンドリアDNA配列の解析により、タンザニア北部沿岸域に生息するシーラカンスが、他の地域のものとは遺伝的に分化した独自の繁殖集団を形成していることを明らかにした。同成果は、「米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:PNAS)」に掲載された。
シーラカンスは1938年に南アフリカのカルムナ川河口において世界で初めて生存個体の存在が確認されたが、その営巣地については長い間議論が続いてきた。
このシーラカンスを新種として記載した進化古生物学者JLB.Smith氏は、2体目のシーラカンスが見つかったコモロ諸島に繁殖集団が存在すると結論付け、それ以外の場所で稀に発見されるシーラカンスについては、強い海流に流されて漂着してきた「迷子」に過ぎないとしていた。これは、コモロ諸島からアフリカ大陸に向けて強い南赤道海流が存在し、さらに大陸に沿ってモザンビーク海流が南下、東アフリカ沿岸海流が北上しているため、泳ぎの不得意なシーラカンスが稀にコモロ諸島からアフリカ大陸沿岸各地に向けて流されてしまったのではないかと考えたことによる。
しかし、2003年頃からタンザニア北部沿岸域で漁師によるシーラカンスの混獲が相次ぎ、この地域にもシーラカンスが多数生息しているのではないかとの疑問があがり、アクアマリンふくしまのチームがROV(Remotely operated underwater vehicle:遠隔操作無人探査機)を用いてこの海底域を探索した結果、8頭のシーラカンスが洞窟内で泳いでいる姿が確認され、これで、タンザニア北部にも大きなシーラカンスの集団が存在している可能性が示されたことから、今回、研究グループでは漁師によって混獲されたシーラカンスのミトコンドリアDNA配列をコモロ諸島のものと比較することで、実際にタンザニア北部沿岸域のシーラカンスが、コモロ諸島からやってきた「迷子」なのか、それとも遺伝的に分化した独自の繁殖集団であるのかを分子レベルで見極める取り組みを行った。
具体的には、2003年から2008年にかけてタンザニア漁師によって混獲された計23個体のシーラカンスに加え、コモロ産シーラカンス2個体分の筋肉標本からDNAを抽出し、そのミトコンドリアゲノム全長DNA配列を決定した。そして、それらをすでに報告されているコモロ産シーラカンス38個体分のDNA配列と合わせて集団遺伝学的な手法を用いて解析を行った。
解析には、ミトコンドリア全長配列の中から特に集団間の分化を調べるのに有用なd-loopと呼ばれる領域を用いた。その結果、タンザニア北部沿岸域に生息するシーラカンス集団が、コモロ諸島のものとは遺伝的に分化していることが統計的に有意に示されたほか、この2集団の分岐年代を推定したところ、もっとも少なく見積もっても20万年前にはすでに集団が分かれていたことが明らかとなった。
これまで考えられてきたように、タンザニア北部のシーラカンスがコモロ諸島から漂着してきた個体であると仮定すると、このような遺伝的な分化は観察されないはずであり、この結果は、タンザニア北部に生息するシーラカンスは単なるコモロ諸島からの迷子集団ではなく、独自にそこを営巣地とする繁殖集団であるとする新たな知見を示したものとなる。これは、タンザニア北部のシーラカンス集団をより積極的に保全の対象とするための非常に重要な知見となると研究グループでは説明している。
すでに今回の研究結果を受けて、タンザニア政府は北部沿岸の約30kmに渡るマリンパークを新設することを決定(シーラカンスマリンパーク)し、現在その建設が段階的に始められたほか、同時にケニアとの国境までのさらに北側25kmの沿岸域には生態系保護区(タンガ・マリンリザーブ)が設定されている。
これらの設立の主な目的は、インド洋に面するタンザニア沿岸の生態系を保全することで、そこに生息するシーラカンスや沿岸魚種を絶滅から守ることであり、研究グループでは、今後、タンザニア水産研究所と協力して、保護区域に生息する魚種に対して遺伝的多様性のモニタリングを進め、シーラカンスを含めたタンザニア沿岸域の海洋環境の保全に向けた取り組みを推進して行く予定だとしている。