東京大学(東大)大学院工学系研究科総合研究機構の佐藤幸生助教、幾原雄一教授の研究グループはファインセラミックスセンターナノ構造研究所と共同で、代表的な圧電材料の1つである圧電セラミックス(PMN-PT)の単結晶に電圧を加えた際にドメインと呼ばれる微小な領域が応答する様子を、「その場透過型電子顕微鏡法」によりリアルタイムで直接観察することに成功したことを発表した。同研究の成果は2011年10月25日(米国時間)に科学雑誌「Physical Review Letters」(オンライン版)にて公開される。
病気の診断などの際に用いる方法の1つとして画像診断があり、その装置としては超音波診断装置、X線診断装置、X線CTなどがあり、中でも超音波診断装置は比較的小型で安価であることや診断対象の部位が広いことなどのメリットがあるために広く用いられている。
この超音波診断装置の性能は超音波プローブと呼ばれる素子、中でも特に、圧電材料と呼ばれる材料の性能によって左右されるため、より正確な病気の診断や、より小さな病巣の発見のためには、高性能な圧電材料の開発が必要となることから、圧電特性を発現させるメカニズムの理解などの研究が各地で進められている。
代表的な圧電材料の1つとして、マグネシウムニオブ酸鉛とチタン酸鉛を混合した物質である圧電セラミックス(PMN-PT)の単結晶があり、実際に超音波プローブに用いられている。
これまでに行われたさまざまな研究の結果から、PMN-PTの材料内部はドメインと呼ばれる数十nm程度の大きさの微小な領域に分割されることが明らかになってきていたが、圧電特性発現メカニズムの詳細は分かっていなかった。そのメカニズムを本当に理解するためには各ドメインが電圧を加えた時にどのように応答するかを理解することが重要な鍵となるため、そのドメインが実際に応答している様子をリアルタイムで直接観察することが必要となっていた。
こうした材料内部の構造をより細かく観察する手段の1つとして透過型電子顕微鏡法がある。同手法を用いるとナノサイズの小さなナノドメインの観察も可能であり、電圧をかけていない静的な状態の観察はこれまでにも行われていたが、電圧を加えた時の変化を見るといった動的な観察においては、これまでに成功例は報告されていなかった。
今回、研究グループでは、透過型電子顕微鏡法および材料に電圧を加えながら観察を行う「その場観察法」を融合させた「その場透過型電子顕微鏡法」の新しい実験手法を提案して実施。その結果、ナノドメインが電圧に対して応答する様子をリアルタイムで直接観察することに成功したという。
図1 通常の透過型電子顕微鏡観察(a)と「その場透過型電子顕微鏡」観察(b)の模式図。「その場透過型電子顕微鏡」観察では試料に電圧をかけながら観察を行う。今回の実験では6V程度の電圧をかけながら観察を行ったという |
「その場透過型電子顕微鏡法」は試料に電圧を加えるなどの外的な刺激を与えながら電子顕微鏡観察を行う手法でドメインの応答を見るのに適した方法の1つであろうと考えられてきたが、この実験は高度な技術が要求されるために実際に観察を成功させるのは困難を極めていた。これに対して、研究グループでは観察用の試料のデザインを最適化することが実験成功の大きな鍵となることを発見し、新たに特殊な形状を持つ試料をデザインし、微細加工技術である収束イオンビーム法を活用して作製した。
この特殊形状試料を図1(b)のように電子顕微鏡内にセットして、電圧を加えたり開放したりしながら「その場透過型電子顕微鏡法」による観察を行った結果が図3だ。。図3上段に示される画像が実際の電子顕微鏡写真で、下段がドメインの状態を示す模式図。下段に示す色の異なる1つひとつ細長い領域がナノドメインを表している。
電圧を加える前では図3(a)に示すようなドメインの状態であったものが、電圧を加えた瞬間、即座に応答して図3(b)に示すような状態に変化する様子がリアルタイムで直接可視化された。また、この応答は可逆的で電圧を開放すると図3(c)のようにほぼ元の状態に戻ることも明らかとなった。
図3 今回行った「その場電子顕微鏡観察実験」の結果。上段が電子顕微鏡写真、下段がナノドメインの模式図。図中、それぞれの色で示す細長い領域がナノドメイン。(a)が電圧を加える前、(b)が加えている間、(c)が電圧を加えた後をそれぞれ示す。電圧を加えた瞬間に(a)から(b)の状態に変化してナノドメインの方向が変化する。また、電圧を開放した瞬間にほぼ元の状態(c)に戻る |
研究グループでは、可視化された動画を詳細に解析した結果、電圧を加えることにより違う方向を向いているドメインの割合が可逆的に変化するというメカニズムを解明した。
なお、こうしたメカニズムの解明は圧電材料のさらなる高性能化や材料製造プロセスの改良などによる低価格化をもたらし、ひいては超音波画像診断装置のさらなる普及につながる可能性があると研究グループでは、今回の成果について説明している。