京都大学(京大)の研究グループは、脳脊髄液プロテオミクスパターン解析手法を用い、多発性硬化症関連疾患を鑑別することに成功したことを発表した。同成果は近藤誉之 同大医学部臨床教授、小森美華 同医学研究科研究生、池川雅哉 京都府立医科大学准教授らによるもので、米国神経学会発行の学術誌「Annals of Neurology」に掲載された。

神経難病である多発性硬化症(Multiple Sclerosis:MS)および類縁疾患は、中枢神経系を主座とする炎症性の自己免疫疾患と考えられている。これらの疾患においては、類似した臨床経過であっても、病態が異なることがあり、治療反応性も異なるため、MSに有効なインターフェロンβ製剤が、類縁疾患の1つである視神経脊髄炎(Neuromyelitis Optica:NMO)では、有害に働く場合があることも報告をされている。

また近年、日本においては、MSとされてきた患者の一部に、NMOの病態に強く関与するバイオマーカーである抗アクアポリン-4(AQP4)抗体が存在することが明らかになり、これにより抗AQP4抗体陽性であれば、NMOの診断基準を満たさなくても共通の病態が存在すると推察されるようになってきており、抗AQP4抗体の有無は治療方針の決定に重要な要素となってきている。一方、NMOと変わらない臨床像を呈しながら、抗AQP4抗体が陰性の場合もあるほか、視神経や脊髄に病変がなく、抗AQP4抗体陰性でもインターフェロンβ製剤の無効あるいは増悪例も存在しており、神経内科専門医においても、臨床所見、現状の検査所見のみで鑑別が難しく治療方針に苦慮する場合が見受けられていた。

そこで研究グループは、質量分析法とバイオインフォマティクスを有効に組み合わせたプロテオミクスアプローチに着目。これまで、MS患者の脳脊髄液の生化学的な特徴については報告があったものの、今回の研究では、米Bruker Daltonicsと共同で、マトリックス支援レーザー脱離型飛行時間質量分析計(MALDI-TOF)と磁性ビーズを組み合わせたプロテオミクス解析手法(クリンプロット法)を用いて、MS関連疾患を鑑別しうるような、疾患バイオマーカーの探索を試みた。

MSと関連疾患を対象とした脳脊髄液プロテオミクスパターン解析法の流れ

解析対象の患者はMS、抗AQP4自己抗体陽性NMO(SP-NMO)、抗体陰性NMO(SN-NMO)、一次進行型多発性硬化症(PPMS)、筋委縮性側索硬化症(ALS)、他の炎症性神経疾患(OIND)群を含む107例。5μlの脳脊髄液を磁性ビーズと共存させ、マグネットに付着したビーズの表面を洗浄し、ビーズ表面に付着したタンパク質やペプチドを精製、溶出し、質量分析計を用いて解析を行った結果、SP-NMO群は、特に再発期に、MS群と90%以上の確率で鑑別が可能であった。

分類には性差、年齢、再発部位は関連がなかった。S:脊髄、O:視神経、B:脳

また、得られたピークのうち、いくつかは、MS群からSP-NMO群を、鑑別スコア0.95以上の確率で群別することができたほか、再現、追加解析として、各種疾患群を含む84例の患者の脳脊髄液に対し同様の解析を行った結果、最初に得られた解析結果をほぼ再現し、解析法によっては、再発期のSP-NMO群は、MS群とより信頼度の高い確率で鑑別できることが確認されたという。

また、SN-NMO群についてはその病態の多様性が示唆されたほか、パターンマッチング法を応用することで、質量分析によって得られた各疾患群のスペクトラムから疾患の樹形図を作成、その結果、PPMS群の脳脊髄液プロテオミクスパターンは、変性疾患であるALSにより近い結果であることが確認されたという。

脳脊髄液プロテオミクスパターン解析による神経疾患の樹形図

これらの研究結果から、脳脊髄液プロテオミクスパターン解析は、MSとNMOの鑑別に有効であることや、脳脊髄液プロテオミクスパターンから神経疾患の診断パネルを構築できる可能性が示された。そのため、研究グループでは、今後、今回の研究結果をもとに、さらなる解析を進めることで、MS関連疾患をより鋭敏に、より正確に診断し、治療への反応性なども含めた治療方針の決定につなげられるものとの期待を示している。