東北大学病院がんセンター・大内憲明センター長、および同病院・濱田庸医員、同医学系研究科・権田幸祐講師らの研究グループは、血管新生の仕組みを世界最高クラスの精度で解析できる光学装置を開発し、独自の虚血モデルマウスを使って、分子レベルで生体観察を行ったことを明らかにした。その結果、血管新生の仕組みとなる血管内皮増殖因子受容体のわずかな発現量の差が持続的な血管新生を誘導するメカニズムを発見。この知見を応用することで、動脈硬化性疾患の新たな治療法の開発につながることが期待されるという。同成果は生命科学分野の学術誌「Blood」(オンライン版)に掲載された。

日本では年間約30万人が、脳梗塞や心筋疾患を含む動脈硬化性疾患で亡くなっており、がんに匹敵する死亡原因となっており、そうした動脈硬化性疾患の治療法開発には、血管新生メカニズムの理解が必須と考えられてきた。

血管新生では、血管内皮増殖因子(Vascular Endothelial Growth Factor:VEGF)やその受容体(VEGF receptor:VEGF-R)などのたんぱく質が、血管新生の制御因子として重要な役割を果たしている。

図1 血管新生のメカニズム

血管新生の分子メカニズムはさまざまな形で狭心症や末梢動脈疾患などの動脈硬化性疾患の治療に応用されており、その治療法の研究開発では、主として虚血モデルマウスを使い、「VEGFやVEGF-Rの分布や挙動」また「VEGF投与よる血管新生の効果」が調べられてきた。しかし、これらの研究では、虚血モデルマウス作製法と生体イメージング法の2つに問題点があったという。

これまでの虚血モデルマウス作製法では、手術時の炎症や浮腫が血管新生メカニズムへ影響を与えている可能性があった。そのため、研究グループは、マウスの右後肢の皮膚を切開後、半膜様筋上で3本の動脈を結紮後、切除し、半膜様筋の下層に位置する腓腹筋に対し、血流減による低酸素刺激を与え、選択的に血管新生を引き起こす虚血モデルマウスを開発した。

図2 虚血モデルマウスの作製法。マウスの右後肢の皮膚を切開後、半膜様筋上で3本の動脈(浅大腿動脈の基部、膝窩動脈の起始部、伏在動脈の先端部)を結紮後切除し、半膜様筋の下層に位置する腓腹筋に対し、血流減による低酸素刺激を与え、選択的に血管新生を引き起こす虚血モデルマウスを開発した。半膜様筋や腓腹筋以外の多くの筋肉は、大腿深動脈や腸骨回旋動脈によって血流が維持されている

同方法により、炎症や浮腫は半膜様筋に限定され、腓腹筋には血流減に伴う血管新生だけが引き起こされることとなった。また反対に、左後肢は対照実験用の正常肢として、皮膚の切開と縫合のみを行い、モデルマウス虚血肢(右後肢)の血管新生を経時観察した結果、処置後3週間の間、持続的な血管新生が腓腹筋に誘導されていることが確認できたという。

図3 虚血モデルマウスの虚血肢(右後肢)における血管新生の様子。虚血肢を経時観察した結果、処置後3週間の間、持続的な血管新生が腓腹筋に誘導されていることが確認できた

特に処置後、7~14日の間に血管新生が活発に誘導され、血流量が効果的に回復している様子が観察され、この間の血管新生を観察することがメカニズム解明に有効であることが示唆された。

一方、虚血モデルマウスにおいて、生体条件下での血管新生の評価は、X線CTやレーザードップライメージング装置などを用いて行われてきたが、これらの生体イメージングの空間分解能は、μmレベルが限界で、分子レベル(nmレベル)のイメージングは困難だった。すでに、同研究グループは、がんモデルマウスを用い、生体内において9nmの空間位置精度で細胞膜上の受容体の分子イメージングを行うことに成功していたが、今回は、同技術を血管新生観察用に発展させることで、虚血モデルマウスの血管新生を分子レベルで定量的に評価可能なシステムに改良した。

図4 血管新生観察用に発展させた独自の生体イメージング技術の概要。観察直前に半膜様筋を切除し、その下層に位置する腓腹筋を露呈することで、手術時の炎症や浮腫による血管新生メカニズムへ影響を回避した。また血管新生観察用の固定ステージを開発し、高精度下での観察を可能とした

具体的には血管新生メカニズムの可視化を行うために、蛍光性ナノ粒子の1つである量子ドットとVEGFを結合させた蛍光プローブ(VEGF-量子ドット)を作製した。このVEGF-量子ドットはVEGF-Rへの強い結合能を持っているほか、量子ドットは1つひとつの粒子の明るさが一定であるため、量子ドットの蛍光強度・分布を分析することで、VEGF-量子ドットが結合したVEGF-Rの体内分布を分子レベルで定量的に調べることができるようになる。このVEGF-量子ドットを、血管切除の処置後4、9、14日目のマウスの血管内に投与し、独自光学システムで生体イメージングを行い、虚血肢(右後肢)と正常肢(左後肢)の間の比較を行いつつ、血管新生が起こっている「血管の分岐部」と血管新生が見られない「血管の直線部」に注目して解析を行った。

その結果、「血管の直線部」では虚血肢と正常肢の間でVEGF-量子ドットの分布に大きな違いは見られなかったものの、「血管の分岐部」では4、9、14日目の経時的観察の結果、VEGF-量子ドットが結合したVEGF-Rの分布に違いが見られた。

4日目の虚血肢では、「血管の分岐部」と「血管の直線部」の間でVEGF-Rの分布に大きな違いは見られなかったものの、9日目の虚血肢において、「血管の分岐部」のVEGF-Rは、「血管の直線部」の約3倍になっていたという。

図5 VEGF-量子ドットによる血管新生の生体イメージング。イメージングでは、虚血肢(右後肢)と正常肢(左後肢)の間の比較を行いつつ、血管新生が起こっている「血管の分岐部」と血管新生が見られない「血管の直線部」に注目して解析を行った。写真中の白いドットがVEGF-量子ドットが結合したVEGF-Rの分布を示している

さらに、14日目の虚血肢では、9日目よりも血管新生に伴う血流量の増加が見られるにもかかわらず、「血管の分岐部」のVEGF-Rは、「血管の直線部」の約3倍量で一定であったことから、研究グループでは、

  1. 血管新生が行われる部位では、手術後9日目くらいにかけて、VEGF-Rの分布が3倍程度に増加する
  2. 血管新生に必要なVEGF-Rの分布はわずか3倍量で十分であり、これによって血管直線部からの分岐(血管新生)が持続的に誘導されていく

といったこと、などを示している。

これまで、血管新生では、ホルマリン固定された虚血組織の観察から、VEGF-Rが10~20倍に過剰発現することが新たな血管の構築に重要であると長年信じられてきたが、今回の成果は、虚血組織に対し、VEGF-Rの発現量を数倍増加させるだけで、治療に有効な血管新生を、疾患部位特異的にかつ持続的に誘導できることを示したものとなった。

これまで、虚血性疾患が原因となる動脈硬化性疾患の治療において、VEGF由来の治療薬を投与する試みがなされてきたが、臨床応用には多くの問題が残されていた。これは血流は全身をめぐるため、VEGFを適切な場所に、適切な濃度で効果的に増加させることが難しいことが原因として考えられており、今回発見された知見を活用することで生体内血管新生の分子メカニズムの詳細解明が見込まれるとともに、同血管新生メカニズムの概念が、VEGF-Rの局所発現を誘導する方法へと結びつけば、局所的かつ低副作用を併せ持つ新たな動脈硬化性疾患の治療法開発へ発展することが期待されると研究グループでは説明している。

今回の研究成果の応用分野の概要