自然科学研究機構分子科学研究所(IMS)は9月27日、「両親媒性ピンサー型パラジウム錯体」の自己組織化に基づく新しい「水中機能性触媒」を開発したことを発表した。生命・錯体分子科学研究領域錯体触媒研究部門の魚住泰広教授らの研究によるもの。

生体膜は生命活動に関連した分子機能、例えば生体内物質の輸送や核酸、ろ過などに対して重要な役割を果たしている。生体膜の種構成要素は、リン脂質のような水に馴染みやすい「親水性側鎖」と水をはじく「疎水性側鎖」を有する小分子だ。リン脂質が自己組織化することで脂質二重膜を構築し、内水相と外部が隔てられた構造を持つ生体膜の基本構造である小胞構造「リポソーム」(ベシクル)を形成する(画像1)。

画像1。リボソーム(ベシクル)の模式図。親水性の官能基と疎水性の側鎖からなる分子によって形成される2分子膜によって内水相と外部が隔てられた構造。生体膜の基本構造として知られており、最近ではドラッグデリバリーシステムへの応用などにも用いられている

生命における酸素反応中には、脂質二重膜という特殊な環境を利用することで穏やかな条件下(水中、常温、常圧下)で反応を実現しているものもあるが、このような特殊環境を積極的に利用することで触媒的有機分子変換を実現する研究はまだまだ少ない。人工的に生体膜システムを構築することができれば、生体内における化学反応と同様な、安全かつ環境調和性が高い化学反応工程の開発が可能になるものと期待されている次第だ。

今回、研究グループはリン脂質のような2分子膜構造体を構築する「両親媒性」の分子に「遷移金属」を導入すれば、触媒機能を持つ高次構造体を構築できるのではないかと考察。ここで得られる構造体は、水中においてその内側にも疎水性の領域を、その外側に親水性の領域を、そして疎水性領域と親水性領域の間に触媒活性中心を持つ。もしこうした構造体を水中での「触媒的有機分子変換反応」へと適応すれば、疎水性の有機基質は疎水性相互作用によってすぐさま疎水性の内部領域へと濃縮され、濃縮された有機基質のすぐそばに「触媒活性点」が存在するために、分子変換が速やかに進行するものと予想された(画像2)。

画像2。触媒システムの概念図

そこで、研究グループでは、新しい水中機能性触媒の開発を目的として、触媒機能を持つ高次構造体を構築するため、触媒活性中心として、ピンサー型パラジウム錯体(画像3)、疎水性側鎖として「ドデシル基」(画像4)、親水性側鎖として「エチレングリコール鎖」(画像5)を持つ遷移金属錯体を設計・合成した(画像6・左)。この分子を水中で自己組織化させることで、およそ6nmの厚さの膜に囲まれたベシクルが得られたというわけだ(画6、7)。

画像3。ピンサー型錯体の構造。ピンサー型パラジウム錯体とは、画像に示すように、芳香環内の炭素と金属が共有結合を有し、芳香環の2-位および6-位に導入された「配位結合性」の配位基が金属を挟み込む形で配意した錯体の総称。ピンサー型錯体は科学的安定性に優れており、同時に高い触媒活性を示すことも特徴の1つだ。ピンサー型パラジウム錯体は中心金属がパラジウムとなっている

画像4。ドデシル基の構造。画像にあるように炭素が12個つながってできた官能基だ

画像5。エチレングリコール鎖の構造。エチレングリコール鎖は、画像の左のエチレングリコールがつながってできた官能基

画像6。両親媒性ピンサー型パラジウム錯体の自己組織化によるベシクルの形成

画像7。ベシクルの透過型電子顕微鏡像。右は膜を拡大したもので、厚さは6nm

研究グループでは、得られたベシクルを用いてさまざまな水中触媒反応を実施してみた。その一例が、水中、25℃の環境で、「ビニルエポキシド」と「フェニルホウ酸」との反応だ。ベシクルを触媒として用いた場合は、標的化合物が84%の収率で得られたとした。

一方、自己組織化していない錯体を触媒として用いた場合は、標的化合物の収率は7%と反応はほとんど進行せず(画像8)。このことから、高次構造を構築することでこの反応を効率的に促進していることがわかる。有機溶媒であるトルエンを溶媒として用いると、ベシクルおよび「モノマー」いずれを用いた場合も、標的化合物を得られなかった。すなわち、この触媒系は水中でこそ機能を発揮するシステムであることが判明したのである。

画像8。ビニルエポキシドの開環反応

このように、今回の研究では、人工的な小分子が高次構造体を形成することで獲得する環境を積極的に利用することで、水中触媒機能を発揮するシステムの構築に成功したというわけだ。

また、今回の成果によりその有用性が確認された高次構造体の構築に基づく触媒機能の獲得という新たなコンセプトは、これからの化学反応高低において求められる高い安定性や環境調和性を有する触媒開発における新しい設計指針を提供するものとして期待されている。