自然科学研究機構・生理学研究所(NIPS)などで構成される研究チームは、脊髄損傷後のサルの運動機能回復リハビリテーションにおいて、運動機能回復が進めば進むほど、モチベーションを司る脳の部位と運動機能回復をつかさどる脳の部位の活動の間に強い関連性が生まれることを明らかにした。この結果から、「元気」や「やる気」を司る脳の働きを活発にすることで、脳神経障害患者の運動機能回復を効果的に進めることができるようになると考えられるという。なお、同成果は、NIPSの西村幸男准教授・伊佐正教授と、理化学研究所・分子イメージング科学研究センターの尾上浩隆チームリーダー、ならびに浜松ホトニクス・中央研究所・PETセンターの塚田秀夫センター長らによるもので、米国科学誌「PLoS ONE」(電子版)に掲載された。

脊髄損傷や脳梗塞の患者のリハビリテーションでは、モチベーションを高く持つと回復効果が高いことが、これまで経験的に臨床の現場で知られていたが、実際に脳科学的に、モチベーションと運動機能回復がどのように結び付いているのかは解明されていなかった。

今回、研究チームは、脊髄損傷を起こしてリハビリ中のサルの、情動をつかさどる脳の神経回路である「大脳辺縁系」に注目。

脊髄損傷を起こしたサルもリハビリにより運動機能が回復する様子。脊髄損傷を起こしたサルは、損傷直後は、親指と人差し指をうまく使うことができず、食物をつまめなかったが、リハビリにより3カ月後には指先が自由に動くようになり、筒の中の食物を取ることが可能となった

大脳辺縁系は、「側坐核」といったモチベーションと関係する脳の部位を含んでおり、その脳の部位の活動を、ポジトロン断層法(positron emission tomography:PET)を用いて調べたところ、リハビリによって運動機能回復が進めば進むほど、大脳辺縁系の脳の活動と運動機能を司る脳の部位(大脳皮質運動野)の活動に強い関連が見られることが確認された。さらに脳の他の部位も調べたところ、前頭葉の眼窩前頭皮質といった情動と関連する他の脳の部位との関連性も、運動機能回復によって高まっていくことが確認された。

リハビリによって指の運動機能の回復期にあるサルの脳のPETによる断層像(損傷前と比較)。損傷前は大脳辺縁系(側坐核、眼窩前頭皮質、帯状回など)の活動が高まっても大脳皮質運動野の活動とは関連していないが、脊髄損傷による運動機能障害がリハビリで回復した後には、運動機能を司る大脳皮質運動野の活動の高まりとともに、大脳辺縁系の活動の高まりがみられた。写真は、左から右へ、鼻側(前側)から後頭部側(後側)の脳の断層像

この結果を受けて、西村准教授は「実際、運動機能回復のためのリハビリにおいては、神経損傷後のうつ症状は運動機能回復の妨げになっていた。今回の実験結果から、リハビリにおいては、運動機能に着目するばかりではなく、精神神経科の先生を加えた心のケアやサポートが重要であるといえる」と、"元気"や"やる気"を司る脳の働きを活発にするよう精神状態を持っていくことで、脳神経障害からの運動機能回復を効果的に進めることができるものと考えられるとの考えを示している。

運動機能回復期の脳の活動の関連性。脊髄損傷後の運動機能回復期においては、運動機能を司る神経回路である大脳皮質運動野の活動が高まるとともに、大脳辺縁系など、"元気・やる気"といったモチベーションや情動を担う脳の部位の活動が高まることが分かった。また、運動機能回復期においては、運動野とこれらの情動を担う脳の部位の活動が、強い関連性を持つことが判明した。なお、脊髄損傷前は、こうした大脳辺縁系(側坐核、眼窩前頭皮質、帯状回など)の活動の高まりと、運動野の活動との関連性は見られなかったという