CPUの演算性能の向上と「Adobe Photoshop」の登場は、コンピュータを使った画像処理の分野を劇的に進化させた。現在もその進化は滞ることなく、Adobe Photoshop CS5.1などをはじめとした最新ソフトウェア群は、さらにクリエイターの創造性を加速し続けている。今回は、そんなPhotoshopを手足の如く自由自在に操るCGクリエイター/フォトレタッチャー栗山和弥氏に、自身が手がけた作品に関する制作手法やその作業環境、さらにはモノづくり関するコンセプトなどについて話を聞いた。

栗山和弥
有限会社クリーチャー代表、CGクリエイター・フォトレタッチャー。デザイナーとして活動した後、ハイエンド静止画処理ツール、グラフィックペイントボックスに魅了されて画像処理のノウハウを修得。1994年に PowerMac 8100 が発売されたのを機に独立。1998年クリーチャー設立。現在、広告写真を中心に、10名のスタッフと多忙な毎日を過ごす

――はじめにフォトレタッチャーという仕事と、この仕事をするキッカケなどについて教えて下さい。

栗山和弥氏(以下、栗山氏)「僕が手がけているのは、写真やイラストなどの2Dイメージ、主に広告などのキービジュアルです。アートディレクターなどと共に、グラフィックと呼ばれるイメージすべてを完成形にまで突き詰めていく仕事です。駆け出しのデザイナーだった頃に所属したデザイン事務所に、偶然導入されたばかりのハイエンド静止画ツール『グラフィックペイントボックス』があり、それがキッカケで、徐々に画像処理のノウハウを修得していきました。この業界に入った時点では、まだフォトレタッチャーと呼ばれる職種はおそらく存在していなかったと思います」

――普段の作品制作で利用しているツールはなんですか?

栗山氏「制作の基本となるのは画像編集ソフト『Photoshop』です。また、Photoshopでまとめ上げるための各種素材を作り出すためのツールとして、『Illustrator』をはじめとした様々なソフト、さらに最近では3DCGソフト『Autodesk 3ds Max』などを利用しています。3Dソフトの場合は、欲しい素材の内容などに応じてツールを使い分けることもあります。Photoshopに関しては20年以上使っていますから、もはやコンピュータにおけるOSのような存在、言うなればPhotoshopというひとつの機械といった感じでしょうか」

――3DCGツールは、従来の制作フローにどのように組み込まれているのですか。

栗山氏「3Dソフトは、あくまで作品制作に必要な素材を作り出すためのツールといったスタンスです。2Dでは簡単に表現しにくいリアリスティックな影や素材感、映り込みなど、CGならではの部分を3Dソフトで作成して最終的なイメージの一部としてPhotoshopに取り込んでまとめ上げていきます。3Dソフトの導入により、従来と比較して、さらに表現方法が多様化し、最終イメージ制作までの選択肢がかなり増えました」

同社が制作したナノイーのポスター広告。左からシーツ、レタス、髪で波が表現されている

――3ds Maxについての具体的な活用ポイントとそのメリットを教えてください。

栗山氏「3DCGには、以前より興味があり、『STRATA』などのMac用ソフトが登場した時代から利用していました。3ds Maxについては、2010年頃から本格的に使い始めたのですが、プロ用ソフトとして長い歴史を持つだけであり、3DCGに関する根本的なロジックが非常に練りこまれており、高い次元でクリエイターの表現したいイメージを素早く具現化することができるといった印象を受けました。操作はやや複雑で慣れを必要とする部分が多いのですが、その分、表現の変化などに対して柔軟に対応できるのが大きなメリットといえると思います。現在の制作環境では、ユーザーのアクションをリアルタイムに反映しながら、フォトリアルなプレビューレンダリングを段階的に生成可能な『V-Ray』も導入しており、さらに作業効率も向上しました」

――現在の制作環境を教えて下さい。

栗山氏「Photoshopや3ds Maxを動作させているのは、特別にチューニングしたカスタムメイドのWindowsマシンがメインです。また、ちょっとした画像のプレビューやメール、スケジュール管理など含めた雑務、およびプライベートなシーンではMacを愛用しています。業務にWindowsを利用し始めたのは4年程前からですが、その圧倒的なパフォーマンス性能によるところが非常に大きいです。特に、現在使っているWindowsマシンでのPhotoshopの動作は秀逸で、巨大なイメージ(10Kオーバーの多重レイヤーを持つファイルなど)を取り扱う場合などに、その威力を体感することができます。だだし、個人的に入力用のキーボードだけはMac用のキーボードをWindowsマシンに接続することで、ショートカットなどを統一するようにしています。費用対効果の面もあると思うのですが、最近では業界でもWindowsマシンをメインで利用する制作会社が着実に増えているようです」

――多種多様なイメージの制作を手がけられていますが、作業時に気を付けていることはなんですか。

栗山氏「僕は、自分自身をアーティストではないと考えており、レタッチャーの個性を全面に押し出すような仕事がすべてではないと思っています。また、携わる作品には、非常に多彩なバリエーションがあり、良い意味で広く浅い見識が求められる場合もあります。クライアントであるアートディレクターやクリエイターの個性や意志を正確に読み取り、その抽象的なイメージを具現化し増幅させるよう普段から心がけています」

――最後に、栗山さんのようなクリエイターを目指す読者にアドバイスがあればお願いします。

栗山氏「デザイン業界は一見華やかに見えるかもしれませんが、作品作りは地味な作業の繰り返しであることがほとんどです。僕のようなレタッチャーは、いかにクールに自分を抑えながら、より良い最終的なイメージを模索できるかが肝心です。これから、同じような業界を目指す方には、ソフトなどの操作方法の修得はもちろん、簡単なものでも良いのでスケッチなど絵を実際に数多く描き、機会があればしっかりと学ぶことをオススメします」


撮影:石井健