新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、三次元複合臓器構造体研究開発の成果として、患者の耳からわずかな軟骨を取って、鼻の形の軟骨を再生させる技術(インプラント型再生軟骨)を開発、再生軟骨を口唇口蓋裂の患者の鼻に用いる臨床研究が東京大学で開始したことを発表した。
軟骨は鼻や耳の形を保ったり、関節のなめらかな運動を維持したりするための組織だが、先天性の異常や老化に伴う病気で一旦、欠損や変形ができてしまうと自然には治らず、顔の形が保てない、生活や仕事での動作ができない、などといった不自由が生じる。日本では、口唇口蓋裂の鼻の変形や小耳症、変形性関節症などを合わせると2000万人以上の人が、軟骨の何らかの病気にかかっているといわれている。
再生医療は、患者の身体の細胞や組織の一部を取って試験管の中で培養し、必要な組織や臓器を再生させて治療に使う医療で、自己修復する力に乏しい軟骨に対しては、体外で培養して人工的に軟骨をつくる再生医療の導入が期待されている。現在、液状あるいはゲル状の再生軟骨が使用可能になっている、硬さがないため顔面の高度な変形には直接使用できないのが現状であり、鼻や耳の形をした、十分な硬さと弾力性を持つ再生軟骨の開発が待たれていた。
これまで、顔面の軟骨の変形や欠損を治療するためには、身体の他の部位の軟骨や骨を移植する方法は行われてきたが、鼻の高度な変形を治すような大きな軟骨を採取することはできなかった。今回開発された技術は耳の目立たない部から採取されるわずかな軟骨を使用して、再生させるもので、耳の変形、気管の軟骨の欠損、そして将来は関節の軟骨の再建などに応用できるものと期待されるという。
具体的には、鼻に適した硬さと形を持った再生軟骨を開発した。作製方法は、まず、患者の耳の裏から5~10mm程度の少量の軟骨を採取して軟骨細胞を取り出す。この軟骨細胞を、患者から採血した血液の血球以外の成分を使って培養し、最終的には細胞を数にして約1000倍にまで増やし、その細胞を、アテロコラーゲンハイドロゲルとポリ乳酸多孔体によって構成される再生医療用の特殊な素材(足場素材)に投与することで再生軟骨を作る。患者の軟骨は耳の裏から少量採取するだけなので、手術の傷は目立たず、耳の変形もほとんど残らないという。
また、同再生軟骨は、注入するのではなく、「手術で埋め込む」ことができるという意味から「インプラント」型再生軟骨と名付けられた。今回開発された同再生軟骨の大きさは、長さ約50mm、幅約6mm、厚さ約3mmとなっている。
すでに同型再生軟骨を鼻の高度な変形を患う口唇口蓋裂の患者に用いた臨床研究は東京大学医学部附属病院顎口腔外科・歯科矯正歯科の高戸毅教授、ティッシュ・エンジニアリング部星和人特任准教授(軟骨・骨再生医療寄付講座)らによって始まっている。口唇口蓋裂は先天性異常の1つで、生まれつき唇の一部や上あごが裂けている病気。鼻は顔の中心部に位置するため、鼻の変形の修正は患者にとって重要な治療だが、これまでは、鼻の高度な変形を治せるような大きな軟骨を身体から採取することができなかった。しかし、同再生軟骨を用いて治療することで、目立たない部位からわずかな軟骨を採取するだけで高度な変形が治療できるようになることが期待されるという。
なお、NEDOでは、この臨床研究に続き、臨床試験(治験)を実施して産業化を展開していく計画とするほか、同技術を応用したNEDOプロジェクト「次世代機能代替技術の研究開発」により、細胞培養期間のさらなる短縮化、培養工程の簡素化を実現する再生デバイスの開発を行っていくとしている。