理化学研究所(理研)は、巨大な単一細胞の藻類「オーストラリアシャジクモ」の「節間細胞」を解析し、アミノ酸や有機酸、糖リン酸などの代謝物の局在・移動を確認したと発表した。

今回の成果は理研植物科学研究センター メタボローム機能研究グループの斉藤和季グループディレクター、及川彰研究員、国立大学法人神戸大学大学院理学研究科の三村徹郎教授らによるもので、米科学雑誌「Plant Physiology」10月号に掲載される予定で、それに先だって近日中にオンライン版が掲載される。

今回の実験の背景には、細胞内において代謝物がどのように存在しているのかが不明で、「その代謝物を代謝する酵素が存在している場所に局在している」と考えられているだけで、直接その局在を確認した例がないことに端を発している。

従来は、複数の細胞を用いて細胞内小器官のそれぞれの比重が異なることを利用した「密度勾配遠心分離法」などによって分離し、それぞれが含む代謝物量を調べることで代謝物の細胞内局在が報告されてきた。

しかし、この方法では生体すべてまたは一部など多細胞の集合が必要で、細胞間や細胞内の代謝物の局在は無視されることがほとんどだったのである。そのため、「代謝物がどのように生体内で局在しているか」という厳密な細胞内小器官の分離が困難だった。そこで、研究グループは、この代謝物の細胞内の局在を、オーストラリアシャジクモの節間細胞という巨大な単一細胞を用いることにしたのである。

オーストラリアシャジクモは車軸藻綱(Charophyceae)シャジクモ科(Characeae)に属する藻類。節細胞に挟まれた、植物でいうところの茎に当たる節間細胞は、20cm以上もの大きさになるので、原形質流動の観察や細胞膜電位の実験に用いられている次第だ。

今回の実験では、単一のオーストラリアシジャクモの節間細胞から、細胞内小器官である単一の「液胞」だけを簡便な手法で分離。節間細胞は円筒状をしており、両端を切断して傾けると、ほかの細胞内小器官と比べて粘性の低い液胞内液だけを分離可能だ(画像1)。そうして得た液胞内液とそれ以外の部分(サイトプラズム)について、「キャピラリー電気泳動質量分析装置」による「メタボローム解析」を実施した。結果、125種類の代謝物を検出・同定し、主に液胞に局在するものとサイトプラズムに局在するものとに分離することに成功したのである(画像2)。

画像1。オーストラリアシャジクモ節間細胞から液胞およびサイトプラズムを単離する流れ。オーストラリアシャジクモ(左上)の節間細胞(右上)は、20cm以上にもなる巨大な単一細胞。この節間細胞の両端を切断し、傾けると液胞内液を容易に単離可能だ。残った部分はサイトプラズムとして採取し、液胞内液とともにメタボローム解析を実施した。

画像2。液胞とサイトプラズムでの代謝物濃度。液胞とサイトプラズムにおける代謝物の細胞内の局在と、明暗変化(0~12時:明条件、12~24時暗条件)による濃度変動を表している。縦軸は各代謝物で、横軸はその濃度。代謝物の液胞に局在しているもの(液胞タイプ)やサイトプラズムに局在しているもの(サイトプラズムタイプ)に分かれており、それぞれのタイプの中でも、液胞とサイトプラズムの双方で検出されるもの(2、3)やどちらか一方にほとんど局在しているもの(1、4)が確認できる。このように、各代謝物の単一細胞内の曲財政を確認することに成功

なお、キャピラリー電気泳動質量分析装置とは、キャピラリー電気泳動と質量分析の2つを組み合わせた装置。キャピラリー電気泳動は、微細な毛細管(キャピラリー)の中に電解液を満たし、両端に電位差(電圧)を加えて電気泳動でキャピラリー内の代謝物やタンパク質を分離する手法。質量分析は、イオン化された物質の微細な重さを測定する手法だ。これら2つの装置を組み合わせて、キャピラリー電気泳動によって分離された物質の分子量を質量分析装置により測定するものである。そしてメタボローム解析はオミックス解析の1種で、イオン性化合物を対象とした分析に適した、生体に含まれる代謝物を網羅的に解析する手法だ。

画像3。光条件および温度条件の違いによる細胞内代謝物濃度の変動。上の折れ線グラフは、連続して明または暗条件下においた液胞とサイトプラズムの濃度変動を示したもの。フマル酸は明条件で濃度が増加(実線)し、暗条件で減少(破線)しているが、クエン酸は逆の変動を示している。グルコン酸はより複雑な変動を示した。このように、代謝物の種類や光条件によって、さまざまな濃度変化が起きていることが判明。下の棒グラフは、ロイシンとアルギニンの温度条件による濃度変化。高温条件(37℃)と通常温度条件(25℃)下ではともに濃度が増加する。しかし、ロイシンではサイトプラズムにおける濃度にそれほど変化がない一方で、アルギニンはサイトプラズムでも液胞でも濃度が増加していた。これらの結果は、外部環境の変化による細胞内代謝物濃度の変動が、代謝物ごとに制御されていることを示している

続いて、光や温度の条件を変化させた場合の、それぞれの代謝物の液胞内液およびサイトプラズムでの濃度変動も調査。その結果、液胞内液とサイトプラズムでの代謝物の濃度変動は、同調しているものもあれば、まったく同調していないものもあることを発見したのである(画像3)。液胞は、細胞のほとんどの体積を占めることもあり、細胞全体の代謝に影響を与えることもわかってきた。しかし、今回の結果は細胞内の代謝物濃度が複雑に制御されていることを示すものとなっている。

さらに、細胞内小器官を代謝物が直接移動することを確認するため、塩・乾燥ストレスなどを受けた際に細胞内の浸透圧調節の働きを持つ代謝物であるアミノ酸「プロリン」の安定同位体を液胞に注射し、顕微鏡でこの局在の変化を調査。その結果、24時間後にはプロリンがサイトプラズムへ移動し、その比率は注射前(通常時)におけるプロリンの液胞とサイトプラズムの比率に近いこと、つまり細胞がプロリンの濃度比を一定に保つ働きを持っていることが確認できたのである(画像4)。

画像4。液胞に注射した安定同位体標識プロリンのサイトプラズムへの移行。安定同位体で標識したプロリンを液胞に注射した後、0と24時間後の細胞全体に対するサイトプラズムでの存在比率。24時間後には80%近くの安定同位体標識プロリンをサイトプラズムで検出した。これは液胞からサイトプラズムへ安定同位体標識プロリンが移動したことを示している。また、その比率は注射前(通常時)におけるプロリンの液胞とサイトプラズムの比率に近いことも明らかにした

今回の手法を応用することで、植物の単一細胞内のどこにどのような代謝物が蓄積されるかの確認が容易になることが判明した。その知見をもとに、代謝酵素を適切な場所で発現させることができると、求める代謝物を効率的に得られることになり、植物による物質生産性向上につながる可能性があるとしている。