九州大学は9月7日、センダイウイルスの「Cタンパク質」を利用して、ヒトのウイルスである麻疹(はしか)ウイルスがマウス培養細胞で効率よく増殖するシステムの構築に成功したと発表した。
同大学大学院医学研究院ウイルス学分野教授の柳雄介氏らによる研究で、成果は日本時間9月7日に「米国科学アカデミー紀要(Proc.Natl.Acad.Sci.USA.)」オンライン速報版で公開された。
発熱・発疹を主症状とする麻疹は有効なワクチンがあるにもかかわらず、途上国を中心として年間2000万人の患者と十数万人の死者を出す主要なウイルス感染症だ。
2000年に、柳氏らの研究グループは麻疹ウイルスが免疫細胞の表面に発現する「ヒトSLAM」分子を受容体として細胞に感染することを発見。2007年には、麻疹の動物モデルとして、マウスのSLAM分子をヒトのSLAM分子に置換した、「SLAMノックインマウス」を作成している。その結果、麻疹ウイルスがマウスで効率よく増殖するには、さらにマウスの免疫応答を抑える必要があることが判明した。
ヒトの身体にウイルスが感染すると、インターフェロンやサイトカインと呼ばれる炎症物質が放出され、ウイルスの排除に乗り出す。多くの感染症ではこのような免疫応答が病態に関わっていることから、柳氏らはマウスを完全に免疫不全状態にせずに麻疹ウイルスが効率よく増殖するシステムの構築をおこなっていたというわけである。
今回の実験では、マウスで効率よく増殖してマウスに致死的な肺炎を引き起こすセンダイウイルスが利用された。センダイウイルスがコードする(配列として暗号化する)Cタンパク質(SeV C)はマウスの免疫応答、特にインターフェロンを抑制することから、研究では麻疹ウイルスが感染したマウスの培養細胞でのみ、センダイウイルスのCタンパク質が発現する実験系を確立したのである。
これは、酵素「Cre」が特異的なDNA配列「loxP」を認識してDNAを組み替えるという性質を利用したもの。Creを発現する麻疹ウイルスと、センダイウイルスCタンパク質をコードする遺伝子の上流にloxP配列を有するマウス培養細胞を遺伝子改変技術で作成することで実現した(画像1)。これにより、麻疹ウイルス感染細胞で特異的に、ウイルス抵抗性を抑制することが可能となったのである。
ウイルス感染実験では、センダイウイルスCタンパク質が発現することで麻疹ウイルスの増殖が約100倍にも上昇することが判明。一方で、麻疹ウイルスに感染していない細胞はセンダイウイルスCタンパク質を発現しないため、正常な免疫応答を示すと考えられている。
今回の研究の成果は麻疹ウイルス以外にも、C型肝炎などほかの重要なヒトウイルス感染症のマウスモデルへの応用が期待されている。また、研究グループでは今回確立したシステムをベースとした遺伝子改変マウスの作成に取りかかっており、より詳細な麻疹の病態解析を進めていく予定だ。