産業技術総合研究所(産総研)は8月31日、土壌中のセシウムを低濃度の酸水溶液中に抽出する技術を開発したことを発表した。産総研ナノシステム研究部門グリーンテクノロジー研究グループ 研究グループ長の川本徹氏、主任研究員の田中寿氏、総研特別研究員のDurga Parajuli氏らによる成果だ。

東北地方太平洋沖地震に伴い発生した東京電力福島第一原子力発電所(福島第一)の放射性物質漏洩事故により、環境中に多量の放射性物質が放出され、汚染が大きな社会問題となっている(チェルノブイリ並みの高濃度の汚染地域が広がっていることも報告されている)。放出された放射性物質は、主にヨウ素131、セシウム134、セシウム137の3種類。この中でも長期的に問題となるのは、半減期が約2年のセシウム134と、約30年のセシウム137の2種類とされている。

これらを人為的に無害化することは困難であることから、生活環境中の放射性セシウムを除去し、管理された区域に封じ込めることなどが必要だ。現状では、汚染土壌の除染方法としては、放射性セシウム濃度が高い表土を除去する方法が考えられているが、福島第一周辺の警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域に含まれる12市町村の農地面積は2万6000ヘクタールあり、処理が必要な土壌の量が大量になってしまうのが難点だ。

大量の土壌を処分しなくて済むよう、土壌中から放射性セシウムの吸着量が多いと考えられる粒径の小さな粘土鉱物のみを取り出し除去するといった方法も提案されているが、粘土含有量が多い土壌では削減効果が少ないなどの課題がある。

そこで考えられているのが、除去された土壌や取り出された粘土粒子から放射性セシウムを脱離させて吸着材で吸着して濃縮し、より効率的に放射性廃棄物を減量するという方法。また、廃棄土壌からセシウムイオンを脱離させ、放射性セシウム濃度を各種の廃棄時基準より下げることができれば、簡便な処理法を利用できるようになるため、大幅な処理コストの削減が見込まれる。

土壌からの放射性セシウム脱離の方法としては、6mol/Lの濃硝酸もしくは濃塩酸を使用し、90℃程度に加熱することで、90%程度の放射性セシウムを土壌から抽出可能だ。しかし、濃硝酸や濃塩酸は、容器の選択などを初め、取り扱いが難しいことに加え、土壌の酸への溶出が大きく酸水溶液の再利用ができないというコスト面での課題もある。また、セシウム吸着材は、高濃度の酸水溶液中では抽出したセシウムイオンを吸着する能力がしばしば低くなる点も弱点だ。このことから、土壌の放射性セシウムを低濃度の酸水溶液で簡便に抽出できる方法が望まれてきた。

こうした状況に対し、産総研では土壌から放射性セシウムを抽出する技術と、セシウム吸着剤の開発を震災直後から平行して実施。セシウム吸着剤の開発については、プルシアンブルーという顔料を使用することで、さまざまな環境に使用できる吸着剤を開発済みだ。プルシアンブルーナノ粒子は、金属錯体や配位高分子と呼ばれる物質群の一種で、ジャングルジムのような内部に空隙を持つ構造を持っており、その空隙にセシウムを取り込むと考えられている。

そして今回は、低濃度の酸水溶液を使用した土壌からセシウムを抽出する技術を開発し、セシウム吸着剤と組み合わせることにより、抽出-改修システムを構築するに至った。

このシステムは、汚染された土壌をまず低濃度の酸水溶液で洗浄し、セシウムイオンを酸水溶液中に脱離させる。酸水溶液に抽出されたセシウムイオンは、セシウム吸着剤であるプルシアンブルーナノ粒子で回収する。酸水溶液は低濃度であるため、土壌洗浄に再利用可能だ(画像1・左)。さらに、この2つの行程を接続することで連続処理も可能となるという長所も有する(画像1・右)。

画像1。土壌からの放射性セシウム抽出-回収システムの模式図。左がバッチ式で、右が連続式

このシステムの実現に向け、まず土壌からの効率的なセシウムイオン抽出について検討を行った結果、土壌の重量に対して用いる酸水溶液の重量比(固液比)を増加させることで、低い酸濃度でも効率的に抽出ができ、さらに酸水溶液を高温にすることで、抽出高率をさらに高められることが判明した。固液比の増加に伴い、酸水溶液の量は多くなるが、低濃度の酸であることから酸水溶液を再利用でき、総使用料は少量で済むとしている。

一般的に、放射性セシウムと非放射性セシウムの化学的挙動は同様であると考えられていることから、今回、土壌から酸水溶液への非放射性セシウム抽出量の評価を実施。土壌試料は、計画的避難区域に指定されている福島県飯舘村の畑から採取した非汚染土壌(下層土、褐色森林土)を使用した。土壌に含まれる非放射性セシウムの総量は、土壌の全分解を行い、その溶液のセシウムイオン濃度を測定し2.3±0.3ppmと計測。

固液比増加によるセシウムイオン抽出量の増加については、画像2の通り。これは、0.5mol/Lの希硝酸を使用した際のセシウムイオン抽出量の固液比依存性を示したものだ。仮に酸濃度が一定であっても、固液比を増加させることで、セシウムイオンの抽出率が劇的に向上することが判明した。この処理を行えば、例えば12000ベクレル(Bq)/kgの土壌を、現在作付け制限の基準値となっている5000Bq/kg以下にすることも可能だ。

画像2。福島県飯舘村の土壌と0.5mol/Lの希硝酸を混合し、95℃で45分静置した際のセシウムイオン抽出量の固液比依存性

さらに、使用する酸を硫酸にすることで、より多量のセシウムイオンの抽出も可能となる。0.5mol/Lの希硫酸を使用した場合、固液比200、95℃、45分静置の条件で約88%のセシウムイオンを抽出できた。ただし、実用上硝酸、硫酸のいずれを使用するかは、容器の耐久性などシステム要件を考慮して決定する必要がある。

また、処理温度をさらに上げることで、ほぼ100%のセシウムイオンの抽出も可能なことも確認された。圧力容器内で加熱することにより、通常の水の沸点である100℃以上の高温でも処理が可能となる。画像3は、同じ土壌と0.5mol/Lの希硝酸を固液比200で混合し、抽出した際のセシウムイオン抽出量の温度依存性を示したものである。200℃の場合には、ほぼ完全にセシウムイオンを抽出できた。なお、抽出率が100%を超えているのは、土壌中のセシウムイオン量のバラつきに起因する誤差と考えられている。

画像3。福島県飯舘村の土壌と0.5mol/Lの希硝酸を混合し、95℃で45分静置した際のセシウムイオン抽出量の温度依存性

そして、画像4の表に示す通り、酸水溶液に硝酸セシウムを溶解させたセシウム溶液からも、土壌からセシウムイオンを抽出した溶液からも、ほぼ100%のセシウムイオンをブルシアンブルーナノ粒子で回収に成功した。高濃度の酸を使用した場合、水素イオンや土壌中のほかのイオン、有機物なども大量に抽出されてしまうため、セシウム吸着剤の吸着機能が低下するが、低濃度の酸水溶液を使用することで、セシウム吸着剤による回収も問題なく可能となっている。

画像4。プルシアンブルーナノ粒子を利用した酸水溶液からのセシウムイオン抽出試験結果。「硫酸」、「硝酸」は0.5mol/Lの酸水溶液に硝酸セシウムを溶解させたもの。「硫酸(土)」、「硝酸(土)」は、土壌からセシウムイオンを抽出した溶液

吸着効率を表す指標として知られる「分配係数」は0.5mol/L、硝酸水溶液でセシウムイオンを抽出した溶液では、約89万mL/gという高い値も得られた。これは、セシウム吸着材として知られるゼオライトを用いて酸を含まないセシウム水溶液から吸着させた場合と比べても高い回収効率を示している。

一方、5mol/Lの硝酸および硫酸水溶液でセシウムイオンを抽出した溶液では、200~3000mL/gという低い値であった。また、今回の実験で使用したプルシアンブルーナノ粒子の量はセシウムイオンを抽出したもとの土壌量の1/150であり、放射性廃棄物の量を1/150に低減できる可能性を示している。理論的には10万分の1以下にすることも可能だ。

そして、セシウムイオン回収後の酸水溶液は若干の酸濃度低下が見られたものの、再度新たな土壌洗浄に使用したところ問題なく使用できた。よって、酸水溶液は酸濃度の調整のみで、繰り返し利用できることが期待できるとしている。

また、土壌から酸水溶液へのセシウムイオン抽出に、プルシアンブルーナノ粒子吸着材によるセシウムイオンの回収を組み合わせることにより、使用する酸水溶液の総量を変えずに、抽出されるセシウムイオンの量を増加できることも判明。画像1右の連続式システムを利用し、まず、5.7gの土壌を充填したカラムに、0.5mol/Lの硝酸水溶液100mLを通水した(固液比17.5)。9時間通水したところで、抽出率は30.5%で頭打ちとなった。ここで酸水溶液を、不溶性プルシアンブルーナノ結晶を充填したカラムに通水し、ほぼ100%のセシウムを酸水溶液から除去後、再度土壌充填カラムに通水したところ、40.1%まで抽出率が向上した。このことは、固液比の増加や、高温処理に加え、吸着材によるセシウムイオン除去を工程に組み込むことで、土壌からのセシウム抽出がより効果的になることを示唆している。

今後、産総研では処理温度、酸濃度などの最適化や、土壌量に対するプルシアンブルー使用量をさらに低減させるなど、技術改良を進めていく予定だ。また、同技術を利用し、福島県を初めとする各地の汚染土壌などの除染を進めるべく、多様な協力企業を募ることで、実用化へ向けた実証試験を進めたいとした。さらに、土壌浄化でよく利用される加熱水蒸気などを利用した効率的なセシウムイオン脱離の検討や、土壌だけでなく、汚泥や焼却灰など、ほかの汚染物質の除染への活用についても検討を進めていくとしている。