九州大学(九大)は8月30日、正常造血幹細胞および白血病幹細胞の遺伝子発現パターンが、急性骨髄性白血病の独立した生存予測因子であることを発表した。今回の発見により、「がん幹細胞」の臨床的な重要性が明らかになったことから、がん根絶のためのがん幹細胞を標的とした新しい治療法の開発につながる可能性があるとしている。
今回の成果は、同大学医学研究院病態修復内科学助教の竹中克斗氏が研究員として参加したトロント大学の研究チームによるもので、米国東部時間8月28日に英科学雑誌「Nature Medicine」オンライン速報版に掲載された。
近年の研究で、白血病や乳がん、大腸がん、脳腫瘍などのがん組織には、極少数ながらがん幹細胞と呼ばれる細胞集団が存在することが明らかになっている。すべてのがん構成細胞は、がん幹細胞が頂点となって作り出されるという「がん細胞モデル」が広く認知されつつある状況だ。つまり、がん根絶のためには、「がん組織の根源となっているがん幹細胞の根絶が不可欠である」という考え方である。
しかしがん幹細胞は、がん組織から分離された細胞を免疫不全マウスに異種移植することによって特定される細胞集団であり、がん幹細胞モデルの概念が直接的に実地臨床に応用可能かどうかはこれまでは明らかになっていなかったのである。
今回の研究では、「正常造血幹細胞」(HSC)および「白血病幹細胞」(LSC)の遺伝子発現パターンが、急性骨髄性白血病(AML)の独立した生存予測因子であることを明らかにした。そのことから、がん幹細胞モデルが単に実験モデル上での概念ではなく、直接的に臨床的意義を持つことを証明したのである。
研究チームでは、16例のAML検体から、それぞれ複数の細胞集団を選別し、免疫不全マウスを用いた高感度の異種移植アッセイ(解析法)によって、LSCを含む細胞集団を特定した。症例によっては、LSCを含む細胞集団は異なるものの、AMLはLSCを頂点とする階層性を持つがん幹細胞モデルによって構成されていることが判明したのである。
機能的に確認されたLSCと、LSCを含まない細胞集団のマイクロアレイ(数千から数万種の遺伝子発現を同時観察が行える観察法)を用いた遺伝子発現解析による比較から、LSCに特異的に発現する42個の遺伝子群を特定した(画像1・左)。
同じく、LSCの発生起源となっているHSCの遺伝子発現プロファイルについても解析し、HSCに特異的に発現する121個の遺伝子群も特定した。その結果、バイオインフォマティクス(情報生物科学)解析から、LSCとHSCによって共有される中核的な44個の遺伝子群が特定されたというわけである。これらの遺伝子群は、幹細胞制御やがん遺伝子を多く含んでいるという(画像1・右)。
画像1。左は、LSCと、LSCを含まない細胞集団のマイクロアレイによる遺伝子発現解析による比較結果。LSCに特異的に発現する42個の遺伝子群を特定した。右は、LSCとHSCによって共有される中核的な44個の遺伝子群のクラスタ。機能的に密接に関連した「幹細胞特性」に不可欠な遺伝子群と考えられている |
また、たんぱく相互作用データベースでの解析では、これらの遺伝子は1つの大きなクラスタを形成し、機能的に密接に関連していることから、「幹細胞性」の特性の基礎となる分子機構が存在することも示されている。
そして研究チームが次に実施したのが、この幹細胞性に重要な遺伝子発現プロファイルの臨床的な意義についての解析だ。遺伝子発現や生存情報のあるAML(正常核型)160例を、LSCもしくはHSC遺伝子発現プロファイルに従って2群に分け、その生存期間についての比較が行われた。
その結果、LSC、HSCどちらの遺伝子発現プロファイルも、AMLの生存における有意な独立予測因子であることが判明。これら幹細胞遺伝子群を高発現しているAMLでは、生存期間が有意に短いことが示された(画像2)。
正常核型AML160例を、LSCもしくはHSC遺伝子発現プロファイルに従って、2群に分けて生存期間について比較を行った。その結果、LSC、HSCのどちらの遺伝子発現プロファイルも、患者の生存に有意に影響していることが判明 |
また、幹細胞遺伝子プロファイルは、これまでに同定されている分子生物学的リスク因子とも独立した新たな生存予測因子となることが明らかとなったのである。
今回の研究成果は、がん根絶の新たな方法として、がん組織構成細胞全体にではなく、極少数のがん幹細胞を標的とした治療法を開発することが有効となる可能性が示されたという。がん細胞の遺伝子発現を詳細に解析することによって、がん幹細胞を根絶する新しい分子標的の発見や、より強力な治療を必要とする症例を見出すバイオマーカー(示標)の発見につながる可能性もあるとした。
さらに、今回の研究手法はAMLだけでなく、ほかのタイプの白血病や大腸がん、乳がんなどの固形がんにも応用可能であることから、それぞれのがん組織におけるがん幹細胞の特定や、がん幹細胞特異的遺伝子の特定によって、新たながん治療薬が生まれる可能性もあるとしている。