京都大学は8月29日、好気性生物が体内に取り入れることが可能な可能な酸素分子(O2)の分圧を感知し、組織へのO2供給を厳密に制御する「O2センサ」の仕組みとして、イオンチャネルタンパク質「TRPA1」が機能していることを究明、発表した。
同大学地球環境学堂/工学研究科教授の森泰生氏と、先端医工学研究ユニット特定助教の高橋重成氏による研究成果で、ニューヨーク時間8月28日13時に「Nature Chemical Biology」(オンライン版)に公開された。
TRPA1が酸化物に反応するのは、「システイン残基」の働きによる。システイン残基は酸化物に対して極めて高い感受性を示し、高O2濃度溶液中においてTRPA1はO2による酸化を受けて活性化・開口。その一方で、低O2濃度溶液中でもTRPA1は活性化・開口し、ここではO2濃度依存的な「プロリン水酸化酵素」による阻害から、TRPA1が低O2濃度で解放される機構が働いていることを発見した。これはまったく前例のない新しいイオンチャンネルの活性化・開口機構を示すものである。また、活性化・開口したTRPA1は感覚神経細胞や迷走神経細胞などにイオン電流を生じさせて神経活動を引き起こすことも確認した。
さらにTRPA1遺伝子欠損マウス(TRPA1 KOマウス)においては、高O2および低O2ガス吸入に伴う迷走神経の活動と、それに伴う呼吸反射が著しく損なわれることが判明。TRPA1 KOマウスは、通常O2濃度下においては肺障害および肺高血圧症を示すが、これらの症状は高O2および低O2濃度両環境下では、さらに重篤化することも確認。これはTRPA1 KOマウスでは、生体内O2センサとしての機能が失われているものと考察され、つまりTRPA1が生体内のO2センサとして機能し、O2の体内供給を厳密に制御していることが示されたものである。
哺乳動物、特にヒトにおける大気中のO2の感知に関しては、旧来より化学受容器の中でも「頸動脈小体」が特に重要であると考えられ、頸動脈小体の「glomus細胞」におけるさまざまなO2センサ機構が乱立して提案されてきた過去を持つ。今回の成果は、肺や気管に感覚神経や迷走神経などが投射する化学受容器が、TRPA1を介して生体のO2感知に果たす重要な役割を新たに示したといえるだろう。
また今回、低O2分圧のセンサに比べると見過ごされてきた、O2毒性を避けるための高O2分圧のセンサにも光を当てることになったが、微生物や線虫、昆虫などのいわゆるより原初的な生物では広くみられる応答・行動様式である「酸素忌避」(oxygen avoidance)に準じる機能を哺乳類も備えている可能性があることを示した結果となった。
さらに今回の研究の意義として、大気中の海抜ゼロ地点におけるO2分圧変動を感知できるTRPA1のO2センサとしての高い性能も挙げている。この点は、通常飼育下においてTRPA1 KOマウスが示す上述の病理学的表現型が支持しており、TRPA1の微妙な狂いが神経因性疼痛や呼吸器障害などさまざまな疾患に関与しているとも考えられるとした。