北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)は8月23日、バイオセンサ用の金属ナノ粒子として、金の化学安定性とチオール基との親和性、銀の光学特性を併せ持った「金/銀/金ダブルシェル型ナノ粒子」の開発に成功したと発表した。同校のマテリアルサイエンス研究科准教授の前之園信也氏(まえのその・しんや)らの研究グループによるもので、米国の学術雑誌「Applied Physics Letters」オンライン版に掲載された。
高感度のバイオセンサのプローブとして、金属ナノ粒子が期待されている。従来は、化学安定性が高い(酸化しにくい)こと、ならびにチオール基との強い相互作用を利用して生体関連分子を表面に容易に結合させることが可能であることの2点から、金ナノ粒子が利用されてきた。しかし、感度(光学特性)という観点からは、銀ナノ粒子を利用する方がよく、各方面で研究が続けられていたが、銀は金と比べると化学安定性が低く(酸化しやすい)、チオール基との親和性が弱いという点がネックとなっていた。
銀の光学特性と金の化学特性・チオール基との親和性を併せ持った理想の金属ナノ粒子が探し求められており、その一例が「銀/金コアシェル型ナノ粒子」(銀ナノ粒子の周りを金で被膜した構造)だ。金の薄い皮膜は銀の光学特性を維持しながら酸化を防ぎ、なおかつチオール基との結合を担うことができるため、まさに金と銀の良いとこどりなのである。
しかし、実際には理想的な状態で合成することが難しいのが欠点。銀ナノ粒子の周囲に金のシェルを形成すると、金の還元電位が銀のものよりも高いために「ガルバニ置換反応」が起き、銀ナノ粒子が酸化溶出してしまうのだ。そのため、金の被膜に穴が開いてしまったり、内部の銀が溶けて中空状になってしまったりと、実際には構造的な欠陥を持ったナノ粒子が生成されてしまうのである。
そこで同研究グループは、銀ナノ粒子の中心に金ナノ粒子のコアを持たせることによって、金から銀への電子移動を促し、その結果として銀の性質を変化させる「金/銀コアシェル型ナノ粒子」を考案。さらに、その上を金で被覆した金/銀/金ダブルシェル型ナノ粒子を合成したという次第である。
製造過程は、まず直径14nmの金ナノ粒子を合成し、その表面を0.4、1.0。2.2および3.6nmの厚さの銀のシェルで被膜した金/銀コアシェル型ナノ粒子を合成。同じ方法で合成した銀ナノ粒子と比較して単分散性が極めて高く、均一なナノ粒子が得られたという。紫外線吸収スペクトルを調べた結果、銀シェルの厚さが3.6nmの場合は、その光学特性は銀とほぼ同等であることも確認された。
続いて、3.6nmの金/銀コアシェル型ナノ粒子の表面を、第2シェルとして厚さ約0.1nmの金で被膜し、金/銀/金ダブルシェル型ナノ粒子を合成。透過型電子顕微鏡や走査透過電子顕微鏡を用いて観察を行ったところ、銀/金コアシェル型ナノ粒子のようなガルバニ置換反応による欠陥構造は見られず、極めてきれいなダブルシェル構造が確認された。
ガルバニ置換反応がないことから、金/銀コアシェル構造の場合の銀の特性が、通常の銀とは異なることを示しており、続いてX線光電子分光測定(XPS)を実施。金/銀コアシェルおよび金/銀/金ダブルシェルのAg 3d XPSスペクトルを測定した結果、銀シェルの厚さが増すにつれて、通常の銀のエネルギーピーク位置に近づいていくことが判明した。このことは、金コアから電子を受け取ることで銀シェルの電子密度が高くなっており、その結果酸化されにくくなり、ガルバニ置換反応が抑制されたと推察されている。
さらに、金の被膜(第2シェル)から銀シェル(第1シェル)への電子移動も起こっているものと予想され、銀シェルの酸化しにくさを確認するため、塩化ナトリウム水溶液に銀ナノ粒子、金/銀コアシェルナノ粒子とともに、金/銀/金ダブルシェル型ナノ粒子を3時間ほど分散させる実験も行った。結果、銀ナノ粒子は完全に溶解、金/銀コアシェルナノ粒子は若干銀シェルの厚さが薄くなったが形状を保っている状態。そして、金/銀/金ダブルシェル型ナノ粒子に至っては、まったく変化が起きていないことが確認された。
また、金/銀/金ダブルシェル型ナノ粒子の表面増強ラマン散乱活性を、3-amino-1,2,4-triazole-5-thiol(ATT)分子を用いて調べたところ、金ナノ粒子よりも貼るかに高く、銀ナノ粒子と同等の活性を示すことも判明。金/銀/金ダブルシェル型ナノ粒子は、銀の光学特性と金の化学特性を併せ持ったほぼ理想の金属ナノ粒子であることが確認されたというわけである。
なお、今回発明された金/銀/金ダブルシェル型ナノ粒子を表面プラズモン共鳴や表面増強ラマン散乱を利用したさまざまなバイオセンサのプローブに用いた場合、遺伝子解析や免疫診断などのさまざまなバイオセンシング分野において、飛躍的な高感度化と低コスト化が期待されるとしている。また、副次的に今回の研究で用いられた「電子移動による電子構造制御技術」を活用することで、ガルバニ置換反応によってこれまでは合成が困難であったコアシェル型金属ナノ粒子の実現も可能になるとした。