科学技術振興機構(JST)と大阪バイオサイエンス研究所(OBI)は22日、マイクロRNA「miR-124a」が、海馬や網膜といった中枢神経回路の形成と神経細胞の生存に重要であることを発表した。研究部長の古川貴久氏と研究員の佐貫理佳子氏らの研究グループが発見した。同研究の成果は、英国時間8月21日に同国の科学誌「Nature Neuroscience」オンライン速報版で公開された。
マイクロRNAは18から25個の核酸で構成されている小型のRNA。2011年4月の段階で、ウイルスや細菌からヒトまでの153生物種の中で19,724種類がこれまでに登録されている。DNAからRNA(mRNA)に転写され、そしてアミノ酸へと翻訳される一連のシステム「セントラルドグマ」の仕組みに従っていないという特徴を持っており、長らくはその機能が不明とされていた。
しかし、近年になってマイクロRNAは標的とするmRNAがあり、マイクロRNA地震の核酸配列と相補的な配列を持つmRNAと結合することが判明。マイクロRNAに結合されたmRNAは翻訳阻害もしくは分解によって機能が失われ、結果として発現が抑制される。がんや心臓病、精神疾患などにも関わっているなど、生体にとってマイクロRNAは重要な働きをすることがわかってきたのである。
そうしたマイクロRNAの1つであるmiR-124aは、中枢神経系で最も多く存在し、その数は脳に発現する全マイクロRNAの内の25~48%という具合だ。その高い割合から当然の如く重要な機能を司っていることが想定されてきていた。しかし、これまでは複数の研究グループからいくつもの相反する結果が報告されており、その機能を特定することができなかったのである。
そこで研究グループでは、まずmiR-124aが機能しない「miR-124a欠損マウス」を作り出すことにした。その結果、miR-124a欠損マウスは脳全体が小さいという、脳の発達障害を起こしたのである。さらに調査すると、記憶に関することで重要な脳内の器官「海馬」の神経回路形成異常が判明したというわけだ。
海馬は、「歯状回」→「CA3」→「CA1」という流れで神経細胞の密集領域が回路を構成する形となっている。異常は、「苔状線維」で見つかった。苔状線維とは、歯状回にある記憶情報処理の入口となる神経細胞「顆粒細胞」と、CA3領域にある処理した情報を脳のほかの部分へと伝達する「錐体細胞」が、神経回路を形成するために間をつないでいるものである。苔状線維がCA3領域内へ異常侵入してしまっており、miR-124a欠損マウスは本来とは異なる場所で回路を形成してしまったというわけだ(画像1)。
また、眼球の奥にあって光信号を電気信号に変換してその情報を結合した上で脳に伝達する「網膜」では、「視力と色覚」を担当する神経細胞「錐体視細胞」が細胞死を起こしていることが発見された。そのため、miR-124a欠損マウスは錐体視細胞が光を受けることで始まる神経回路の情報伝達能力が低下してしまっていたのである(画像2)。
そして最終的にmiR-124aは、それがないことでその標的遺伝子である「Lhx2」の発現が抑制されないということが判明。Lhx2が過剰に機能し続けてしまうと、脳の発達障害などの事態につながってしまうのである(画像3)。この成果は、マイクロRNAが中枢神経系の神経回路の形成や、神経細胞の生存に重要な役割を担っていることを生体レベルで初めて証明した成果となった。
miR-124aは分化した神経細胞から発現しはじめ、細胞の成熟が進むにつれてその発現量が増えていく。この時、miR-124aはLhx2の発現を抑えることで神経細胞の発達・成熟と維持を制御して正常な神経機能を発揮するようにする。miR-124aが欠損すると、Lhx2が暴走するような形となり、神経回路形成異常や、神経細胞死が起きてしまう |
ヒトに関しては、miR-124aの遺伝情報を含む染色体領域の欠損や重複によって、てんかんや自閉症などの精神神経疾患が起こることが知られている。今回の成果は、精神神経疾患の原因究明や神経系の再生医療にもつながっていくという。
なお今回の研究は、JSTの課題達成型基礎研究の一環である戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)として行われた。高崎健康福祉大学健康福祉学部教授の小澤瀞司氏が研究総括を務める研究領域「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」の中の、研究課題「網膜神経回路のシナプス形成と生理機能発現の解析」であり、研究期間は平成21年11月から平成27年3月となっている。