東北大学(東北大)などによる研究グループは、音波を注入することでスピン(磁気)の流れを生成できる手法を発見した。同手法を用いることで、従来はデバイスの基板などにしか用いられてこなかった非磁性の絶縁体材料からも電気・磁気エネルギーを取り出すことが可能になり、スピントロニクスデバイスの設計自由度の向上や、環境負荷の小さな省エネルギー電子技術開発へとつながることが期待される。
同成果は、同大大学院後期博士課程3年の内田健一氏、同大金属材料研究所の齊藤英治教授(日本原子力研究開発機構先端基礎センター客員グループリーダー兼任)、日本原子力研究開発機構(JAEA)先端基礎研究センターの前川禎通センター長および独カイザースラウテルン工科大学らによるもので、英国科学誌「Nature Materials」(オンライン版)に掲載された。
次世代電子技術である「スピントロニクス」の機能の多くは現在、電流のスピン版である「スピン流」 によって駆動され、このスピン流の生成方法としては、電磁波や熱・光を利用したものが提案されていた。今回、研究グループでは素子に音波を注入するだけでスピン流を生成できる手法を実験・理論の両面から実証し、金属・絶縁体、磁性体・非磁性体を問わずあらゆる物質に適用可能であることを確認し、その適用領域を拡張可能であることを示した。
今回の研究では、音波の直接注入によるスピン流生成実験および温度勾配に伴うフォノンの流れを介したスピン流生成実験により、音波によるスピン流生成効果を実証した。
図2 (a)が音波の直接注入によるスピン流生成実験に用いた試料の模式図。(b)が温度勾配に伴うフォノンの流れを介したスピン流生成実験に用いた試料の模式図。(c)が実験(b)に用いた試料の写真。磁性体(YIG、Ni81Fe19)からPt電極にスピン流が注入されると、Pt電極に起電力が生じる |
音波の直接注入による実験系では、絶縁体である磁性ガーネット(Y3Fe5O12:YIG)単結晶の表面に白金(Pt)電極薄膜を成膜した素子を音波発生器である圧電素子上に取り付け、絶縁体層に音波を直接注入しながら白金電極に発生する電気信号の精密測定を行い、その検出された電圧信号が磁性ガーネットから生成されたスピン流に由来することを明らかにした。
一方、温度勾配に伴うフォノンの流れを介した実験では、単結晶サファイア基板上に成膜した磁性金属(Ni81Fe19)/白金二層ワイヤーに発生した電気信号を測定することで、温度勾配に伴う音響振動(フォノン)を介したスピン流生成を実証することに成功した。このセットアップにおいてフォノンの流れは非磁性の絶縁体であるサファイア基板の中にしか存在しておらず、この結果は、電気的にも磁気的にも不活性である材料からも、音波やフォノンを介することでエネルギーを取り出し、これを磁性体に与えることでスピン流や電圧を生成できるということが示された。
今回の実験で用いられた磁性体(YIG、Ni81Fe19など)/金属(Ptなど)界面において、何らかの外部入力によって磁性体中のスピンと金属中の電子の間に状態の差が生じると、スピンの集団運動(スピン波)を介して界面付近にスピン流が生じることは2010年に明らかにされていた。
Ptに注入されたスピン流は、「逆スピンホール効果」と呼ばれる固体中の電子相対論効果によって起電力に変換されるため、今回の実験ではこの逆スピンホール効果によって生成された起電力を測定することで、スピン流の検出が行われた。従来手法では、電磁波や熱を用いてこのスピン-電子間の状態の差を誘起していたが、この実験結果によって、音波によっても磁性体中のスピンの状態を変化させ、スピン流を生成できることが明らかになった。
この音波を用いた新しいスピン流生成法の発見は、スピントロニクスデバイスの設計自由度や材料選択の幅を拡張するものであるほか、今回明らかにされた物理原理は、スピン流物理における1つの大きな未解決問題に対する答えを与えるものであると研究グループでは指摘している。それは、スピンと音波の相互作用は、スピンゼーベック効果の発現機構においても本質的な役割を担っているというもので、研究グループでは、これにより解明された物理原理を用いて低電力電子技術を発展させることが可能になるとの期待を示している。