物質・材料研究機構(NIMS)は、量子ドットレーザーの中でも特に製作が困難であった赤色レーザーを独自技術により実現したことを明らかにした。
同成果はNIMS先端フォトニクス材料ユニットの間野高明 主任研究員および定昌史 研究員によるもので、英国物理系学術雑誌「Nanotechnology」(オンライン版)に掲載された。
量子ドットレーザーは、低消費電力、高速動作、温度による特性変化の少なさなど、既存の半導体レーザーを超す特性を実現できると期待される次世代レーザー。しかし、量子ドットレーザーの開発は、ストランスキ・クラスタノフ成長という手法を利用して光ファイバー通信に適合した近赤外域(1~1.5μm程度の波長帯)で発光するGaAs基板上またはInP基板上のInAs(またはInGaAs)の量子ドットを用いたものがほとんどであり、これらの方法では、自由空間通信や医療用などの応用が期待される赤色の領域では、量子ドットを高均一・高密度に作製することが難しかった。
赤色領域で発光するものにGaAs量子ドットがあるが、GaAs量子ドットは自己形成するのが困難である事が知られていた。同研究グループでは、これまで独自手法である「液滴エピタキシー法」と呼ぶ量子ドット作製法を開発、同方法を用いて、従来困難であったGaAsでの高品質な量子ドットの自己形成を実現させていた。しかし、量子ドットの均一性に関しては十分なものが得られておらず、電流を注入してレーザー発振を達成させることはできていなかった。
そこで今回、量子ドットでのレーザー発振を目指し、発光エネルギーをできるだけ揃えた量子ドットを高密度を作製するために、新たに均一性を向上させる量子ドット成長技術を開発したほか、その量子ドットを多積層化することで、電流注入によるレーザー発振を達成したという。
具体的には、不均一性の原因だった、Ga液滴が高速で結晶化する過程を見直し、遅い速度で結晶化する手法を開発したことで、均一な量子ドットの自己形成を可能とした。
また、量子ドットの厚みのバラつきを抑制するため、量子ドット下部に2次元層を導入したほか、結晶化した量子ドットに対して、薄膜埋め込みと熱処理を施すことで、量子ドットの厚みの均一化を実現した。
さらに、一層あたり4×1010個/cm2の高均一量子ドットを5層積層することで、高密度化を実現した。
これらの技術を組み合わせた結果、低温における発光の広がり(量子ドットのサイズの均一性を直接反映する)で、従来の154meVから20meVへ狭線幅化を実現した。
また、これらの高均一量子ドットを厚み方向に5層積層する事で、レーザー発振に寄与する量子ドット数を増加させ、電流注入によるレーザー発振(発振波長は約760nm)を実現したという。
今回開発された赤色波長帯のレーザー光は、安価なSi系素子による光検出が可能なほか、空気中の光透過率も高いことから、オンチップ光配線や、自由空間通信などの情報デバイス用高性能光源としての応用が期待されると研究グループでは説明している。また、赤色の高性能光源は、血液中の酸素濃度モニターなどの医療用デバイスの高性能化などにも貢献できる可能性があるとするほか、今回の赤色波長域での量子ドットレーザーの実現により、高品質な量子ドットレーザーを適用できる応用範囲が今後、さらに広がっていくことが期待されるとしている。