東京工業大学(東工大)フロンティア研究機構の細野秀雄教授の研究グループは、国際超電導産業技術研究センター超電導工学研究所の田辺圭一副所長の研究グループと共同で、鉄系超伝導体が銅酸化物系よりも優れた結晶粒界の特性を有していることを明らかにしたほか、金属テープ基板上への高性能薄膜の試作に成功したことを明らかにした。同成果は英国のオンライン限定の学際的ジャーナル「Nature Communications」に掲載された。

細野教授らの研究グループは、2008年2月に、鉄(Fe)を含むオキシニクタイド化合物LaFeAsOが26Kで超伝導を示すことを発見しており、その後、LaFeAsO、SrFe2As2、BaFe2As2のエピタキシャル薄膜の作製や、高品質化したCo添加BaFe2As2エピタキシャル薄膜を用いたジョセフソン接合素子と超伝導量子干渉素子の作製などを行ってきた。

鉄系超伝導体は、50Tを超す上部臨界磁場と小さな異方性(γ=1~2)が明らかとなり、高磁場で強く、高性能な線材への応用が期待されており、線材応用を目指した研究としてパウダーインチューブ法という手法を用いたワイヤー試作が進められているが、現在のところ最高で0.01MA/cm2程度の臨界電流密度までしか得られていない。

同グループではパルスレーザー堆積法を用いてCo添加BaFe2As2エピタキシャル薄膜の高品質化に取り組んでおり、1MA/cm2を超える臨界電流密度を単結晶基板上に直接成長させることにより実現している。

線材応用を目指した研究で重要な点となるのは、その対象物質の粒界特性であり、Y系銅酸化物の場合は、その粒界が形成する傾角が3~7度を超えると急激に臨界電流密度が減少し始めるため、その結晶配向度を約5度以下に抑制するために、面内配向制御が必須となっており、高コスト化・製作の長時間化の原因となっている。鉄系超伝導体の線材応用を目指すために、その粒界特性を明らかにすることはY系銅酸化物と同様、急務であり、その異方性が小さいことから銅酸化物よりも良好な特性が期待されてきた。しかし、それらに関連する報告はこれまで一例しか無く、それによれば鉄系超伝導体は銅酸化物と類似の粒界特性を有するとされているのみであり、鉄系超伝導体の粒界特性の優位性および1MA/cm2を超える薄膜線材の試作の報告はどこからもなされていなかった。

今回、研究グループではパルスレーザー堆積法を用いて、MgOと(La, Sr)(Al, Ta)O3(LSAT)のバイクリスタル基板上に、高品質Co添加BaFe2As2薄膜を作製した。

さらに同薄膜の粒界特性を調査するため、傾角粒界を介する部分にブリッジ構造(傾角粒界接合)を作製し、電流-電圧特性からその傾角粒界における臨界電流密度を調査した。

図1:バイクリスタル基板上に作製したCo添加BaFe2As2エピタキシャル薄膜に、電流-電圧特性を評価するためのブッリジ構造(傾角粒界接合)を形成。ピンク色の線がバイクリスタル基板の傾角粒界部で、上図はそこを介して形成される傾角粒界接合の拡大図

その結果、臨界電流密度は9度の傾角まで1MA/cm2以上の高い値を保持することが明らかとなった。

図2:(a)傾角粒界接合における臨界電流密度の傾角依存性、(b)傾角粒界接合と粒内ブリッジ(傾角粒界を含まない部分)との比。MgO、LSAT両方の傾角粒界接合で同様の傾向が観察され、図中矢印の臨界角9度の傾角までその1MA/cm2を超える臨界電流密度が維持されることが明らかとなった。この臨界角は銅系酸化物(3~7度)よりも大きい

この臨界角9度は、銅酸化物の代表例であるYBCOの臨界角より大きいほか、その高い傾角側で臨界電流密度が減少する割合にも銅酸化物と違いがあることが分かった。その結果、30度以上の大傾角粒界においては、4Kにおいて銅酸化物を凌ぐ臨界電流密度を有することが判明した。

また、形成した小傾角粒界と大傾角粒界の微細構造も調査したところ、上記臨界角以下の小傾角粒界の場合、急峻な常伝導転移が観察され、電子顕微鏡像には傾角粒界に周期的な転位が見られた。

図3:(a)4度の傾角を有する傾角粒界接合の12Kにおける電流-電圧特性(左)と傾角粒界の電子顕微鏡像(右)。シャープな常伝導転移と周期的な転位(右図中矢印)が観察されている。その転位の間隔は、5nmで傾角から予想される距離と一致する。(b)45度の傾角を有する場合。12Kにおける電流-電圧特性(左)はジョセフソン電流が支配的となり形状が変化する。またこの場合は電子顕微鏡像に転位は観察されない。この45度傾角粒界接合の電流-電圧測定(測定温度16K)では、2GHzのマイクロ波照射下でシャピロステップと呼ばれる周期的な電流ステップが観察され、ジョセフソン接合として動作していることがわかる

これは傾角粒界の傾角から予想される周期と一致したが、大傾角粒界の場合は、ジョセフソン素子として傾角粒界接合が動作することで、電流-電圧特性の形状が変わり、またマイクロ波照射で電流ステップ(シャピロステップ)が観察されたほか、この大傾角粒界の場合は電子顕微鏡像に転位が一切観察されなかったという。この理由はその傾角から予想される転位間隔がBaFe2As2の格子定数とほぼ一致するためであるとしている。

これらの観察と分析から、作製したバイクリスタル基板上のCo添加BaFe2As2薄膜の傾角粒界部には不純物の析出は一切無く、利用したバイクリスタル基板の傾角に対して、理想的なBaFe2As2の傾角粒界接合が形成されていることが明らかとなった。

この結果、鉄系超伝導体は銅酸化物よりも高い臨界角を有することから、薄膜線材にする際には、かなり低いスペックである9度以下の配向度を持つテープ基板で良いことが示唆された。実際に5度以上の面内配向度を有する金属テープ基板上(米国 ロスアラモス国立研究所のマティアス博士の研究グループ提供)に、同じパルスレーザー堆積法を用いてCo添加BaFe2As2薄膜を作製し、その超伝導特性(抵抗率と臨界電流密度)を評価したところ、単結晶基板上の試料と比較して超伝導転移の温度幅が広いことが判明した。

図4:5度以上の面内配向度をもつ金属テープ基板上に形成されたCo添加BaFe2As2薄膜の超伝導特性(赤)。比較のために単結晶上の試料の特性(青)も示す。挿入図は用いた金属テープ基板の面内配向度とCo添加BaFe2As2薄膜の2Kにおける電流密度-電圧特性。その試料もすべて1MA/cm2以上(最大3.5MA/cm2)と、単結晶基板上の薄膜と同等の臨界電流密度を有している

これは柔らかい金属テープ基板の場合は薄膜成長時の加熱が不均一になり膜組成に不均一が生じているためと思われるが、その臨界電流密度はどれも単結晶上の試料と同等の1MA/cm2を超える高い値(最大3.5MA/cm2)を示しており、これにより鉄系超伝導体は、面内配向度が9度以下の基板を使えば、高い臨界電流密度を示す薄膜線材の作製が可能であることが実証されたこととなった。

なお、研究グループでは、線材への応用を図る際にキーとなる結晶どうしの傾角粒界において、異方性が小さい鉄系超伝導体の本質的な優位性が明らかになったことで、今後この傾角粒界の微細構造や歪みの詳細な解析等が進み、今後さらなる高い臨界電流密度を得るために、鉄系超伝導体に最適な人工ピンの探索と効果的な導入方法などの研究が加速していくと思われるとするほか、今回の結果は金属テープ基板を製作する際に、これまでの銅酸化物形超伝導体による制約を軽減することにつながり、薄膜線材の低コスト化につながり、特に低温で強い磁場を発生するマグネットへの応用が期待されるとしている。