すべての脳細胞の源となる神経幹細胞だが、自然科学研究機構・生理学研究所(NIPS)の等誠司准教授らの研究グループは、脳のすべての細胞の起源である神経幹細胞が生まれる際に、DNAの「脱メチル化」が起きることを示した。ES細胞やiPS細胞を用いて神経細胞を作る際にも、同メカニズムが働いていると推定され、効率的な神経細胞の作製技術の進歩につながることが期待される。
同成果は、東京大学の加藤茂明教授、理化学研究所の細谷俊彦チームリーダー、情報システム研究機構の堀田凱樹前機構長との共同研究によるもので、英国科学誌「Nature」の姉妹誌「Nature Neuroscience」(電子版)に掲載された。
細胞が持つDNAにはすべての遺伝子(ゲノム)情報が書き込まれているが、細胞ごとの特徴に応じて必要な情報とそうでない情報が選り分けられて、不必要な情報は言わば「糊付け」によって隠されている。この「糊付け」は「DNAのメチル化」と呼ばれており、逆に必要な情報を取りだす、つまりDNAの糊付けをはがす(メチル化を取り去る)ことは「脱メチル化」と呼ばれている。
図1 神経細胞やグリア細胞といったすべての脳細胞の源である神経幹細胞だが、今回の研究でこの神経幹細胞は、神経の出来る前の細胞のDNAの"糊づけ"を剥がすこと(脱メチル化)で効率よく生み出されることが明らかにされた |
今回、研究グループは、GCM(Glial cells missing)と呼ばれる遺伝子が働くと、この「DNAの脱メチル化」が起きることを証明した。
図2 神経の出来る前の細胞のDNAでは、糊付けされてしまっている部分があり、神経幹細胞に重要なHes5遺伝子が上手く働くことができない。ここでGCM遺伝子が働くと、この糊付けを取り去ることができることが分かった(脱メチル化)。これにより、幹細胞の細胞内信号として重要なNotchシグナルの働きで、Hes5遺伝子が活性化することが可能となり、神経幹細胞として働くことができることが判明した |
神経細胞が出来る前の胎児でGCM遺伝子が働くと、Hes5(ヘス・ファイブ)という別の遺伝子の「糊付け」がはがれ、Hes5遺伝子が活性化され、このHes5遺伝子の活性化により、脳のすべての細胞の起源である神経幹細胞が生まれることを解明した。実際、GCM遺伝子がない遺伝子改変マウスでは、Hes5遺伝子が活性化されず、神経幹細胞が出来にくくなっていることが確認された。
図3 「脱メチル化」をすすめるGCM遺伝子がない遺伝子改変マウスでは、Hes5遺伝子が活性化できない(上図、右)。したがって、GCM遺伝子がない場合では、上手に神経幹細胞が作れないことが分かった(下図、右、神経幹細胞の数が減っている) |
ES細胞やiPS細胞といったあらゆる細胞になることができる多能性幹細胞から脳細胞が出来る際にも、すべての脳細胞の源となる神経幹細胞となることが知られているが、今回の研究で、この際、DNAの「糊づけ」を剥がす「脱メチル化」が進むと、効率よく神経幹細胞ができることが証明されたこととなる。そのため、今回の分子メカニズムを応用することで、ES細胞やiPS細胞から効率よく神経幹細胞を作り、神経細胞やグリア細胞などのあらゆる脳細胞を作り出すことができることが期待されることから、等准教授は「神経細胞が生まれる際に、"脱メチル化"と呼ばれる分子メカニズムが関与していることを世界で初めて証明できた。ES細胞やiPS細胞を用いて神経細胞を生みだす際にも、この分子メカニズムは重要だと推定される。効率のよい神経細胞の作製技術の開発に役立てられるのでは」とコメントしている。