東北大学(東北大)大学院理学研究科の中山耕輔 助教と同大原子分子材料科学高等研究機構の高橋隆 教授らの研究グループは、ボストン大学および中国科学院物理研究所と共同で、鉄系高温超伝導体において、超伝導転移温度(Tc)を抑制している原因を明らかにすることに成功したことを発表した。同成果は、英国のオンライン科学雑誌「Nature Communications」で公開された。
超伝導体は、体内の情報を画像化することのできる医療機器(MRI)や、高感度磁気測定装置(SQUID)などの装置として実用化されているほか、日本では超伝導を利用した超高速リニアモーターカーの敷設計画も公表されるなど、実用アプリケーションへの適用が進んでいる。また、送電時の電力損失がほぼゼロとなる超伝導電線や、電力を高効率で蓄えることができる超伝導電力貯蔵システムについての研究も各所で進められており、超伝導体は将来のエネルギー技術を担う高機能性材料として期待が寄せられている。しかし、超伝導体は通常、絶対零度(-273℃)付近の極低温でしか超伝導を発生せず、比較的高い温度での超伝導は、銅酸化物高温超伝導体や鉄系高温超伝導体といった限られた物質でしか起こらないことから、これらの高温超伝導体はさまざまな観点から注目を集めており、これら高温超伝導体における「高温超伝導のメカニズム」と「超伝導転移温度(Tc)の上昇を妨げている要因」を解明し、それを物質開発にフィードバックすることが求められていたものの、この課題に対する明確な答えは得られていなかった。
今回、研究グループは、科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業(CREST:Core Research for Evolutional Science and Technology)の一環として東北大学で開発した世界最高クラスの分解能を持つ光電子分光装置を用いて、角度分解光電子分光法という実験手法により、鉄系高温超伝導体Ba0.75K0.25Fe2As2(Tc=26K)の電子状態を測定した。
測定の結果、高温超伝導体を高温から冷やした時、電気抵抗がゼロになる前に、電子のエネルギーが低くなり発生する現象である「擬ギャップ」の直接観測に成功したほか、擬ギャップが存在する領域で、超伝導の発達が弱められていることを突き止め、擬ギャップが超伝導を阻害する要因になっていることを明らかにした。
また、擬ギャップの形状から、その起源が鉄電子の持つ磁気的な性質(スピン)に関係していることも分かった。
擬ギャップは、銅酸化物高温超伝導体でも観測されていたが、15年以上の間、その起源が解明されず、物性物理分野における重要研究課題の1つとなっていた。今回の研究では、鉄系高温超伝導体と銅酸化物高温超伝導体で、擬ギャップの性質が良く似ていることも明らかになっており、この結果は、銅酸化物高温超伝導における擬ギャップの起源解明や、高温超伝導体の超伝導発現機構の理解に向けた一歩となると研究グループでは説明している。
なお、今回の成果は、鉄系高温超伝導体において擬ギャップの存在が、Tcを抑制する要因になっていることを実験的に明らかにしたもので、高温超伝導メカニズムの最終解明に向けた重要な手掛かりとなることから、今後は、高温超伝導体で擬ギャップを制御することで、より高いTcを持つ高温超伝導体を開発できることが示唆されたと研究グループでは説明している。