北海道大学(北大)と兵庫県立大学(兵庫県立大)は、タンパク質を構成する水素や窒素を1個ずつ見分けることができるNMRを用いて、ミトコンドリアの電子伝達反応の最後の段階で酸素分子を水に変換するシトクロムc酸化酵素に、その電子伝達タンパク質であるシトクロムcのどこが結合して電子を渡すのかを明らかにした。

同成果は、坂本光一氏(北大)、神谷昌克氏(北大)、今井瑞依氏(北大)、新澤-伊藤恭子氏(兵庫県立大)、内田毅(北大)、河野敬一氏(北大)、吉川信也(兵庫県立大)、石森浩一郎氏(北大)による研究グループによるもので、米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America)の早期電子版に掲載された。

酸素呼吸や光合成などでは、糖の分解や光反応によって生成した電子を次々とタンパク質に受け渡すことで、効率的なエネルギー生産や化学反応を実現している。このようなタンパク質間の電子伝達は、金属イオンなどを含む「電子伝達タンパク質」によって行われているが、その受け渡しは特異性が高く、特定のタンパク質の間にはその間の電子伝達にだけ用いられる電子伝達タンパク質が存在している。

つまり、電子回路では、特定の素子間に電気(電子)を流すために、それらの間をプリント配線や電線でつなぐが、生体内の電子伝達では電子伝達タンパク質が電子を持って郵便配達のように特定のタンパク質から特定のタンパク質まで電子を渡す(電気を流す)ことになる。一見すると非効率に見える方法であるが、生物はこのような方法で自由に電子を操り、人類が未だに人工的に再現できない酸素呼吸や光合成などのエネルギー生産過程を含む多くの化学過程を実現している。

しかし、このような電子の運搬にかかわるタンパク質の多くはその構造が複雑で、さらに電子を追跡することは困難であるため、タンパク質の間で電子を伝達する機構はよくわかっていなかった。

今回、研究グループでは生体内エネルギー通貨であるATPが生産され、「細胞内の発電所」とよばれる細胞内小器官(ミトコンドリア)での一連の電子伝達反応の中でも、その最終過程に位置し、酸素呼吸(呼吸鎖)での重要な反応である酸素分子の水への変換過程を触媒するシトクロムc酸化酵素への電子伝達反応に注目し、その電子伝達蛋白質であるシトクロムcがどのようにしてシトクロムc酸化酵素に電子を渡すのかについて、タンパク質の構造に基づいて検討を行った。

ミトコンドリアの電子伝達系。クエン酸回路(Citric acid cycle)から得られた電子(e-)がタンパク質複合体である複合体IからIV(Complex I~IV)に電子伝達され、そのエネルギーを用いて内膜間でプロトン(H+)の輸送が行われ、それによって生じたプロトン濃度勾配を利用して複合体V(Complex V)で生体内のエネルギー通貨であるATPが生産される

タンパク質はアミノ酸が100個以上も鎖状につながり、ある一定の立体構造を形成する複雑な分子だが、こうした複雑なタンパク蛋白質でも、そのタンパク質を構成している水素原子や窒素原子を1個ずつその場所を決めることのできるNMRを用いることで、その立体構造を詳しく検討することができる。

ただし、窒素については自然では0.5%以下しか含まれない種類(同位体:15N)の窒素しかこのような測定はできないため、遺伝子組み換え技術を用いて測定対象となる哺乳類由来のタンパク質を、特殊な条件下で生育する大腸菌を用いて得ることにした。

この結果、シトクロムcからシトクロムc酸化酵素への電子の受け渡し(電気の流れ)について、それぞれのタンパク質の「プラグ」と「コンセント」の役目をする部分が明らかになった。

この「プラグ」の部分は、電子を渡すシトクロムcにあって、実際にシトクロムc酸化酵素に電子が通っていく部分は疎水性、つまり水を近づけにくいアミノ酸残基から構成されており、このような疎水性のアミノ酸残基は、電子を受け取る側のシトクロムc酸化酵素の「コンセント」の部分にもあるため、水を近づけないアミノ酸残基間が互いに近づくことで、電子が外に漏れないような通り道ができると考えられるという。

一方、疎水性のアミノ酸残基のまわりには、プラスやマイナスの電荷をもったアミノ酸残基が分布しており、これらのアミノ酸残基は、そのプラス・マイナスの電荷をシトクロムcとシトクロムc酸化酵素の間で対応させることにより、2つのタンパク質の相対的な配置や位置関係を調節(「プラグの方向」を調節して、「コンセント」に合うように)していると考えられるほか、電子が受け渡された後、シトクロムcの「プラグ」に相当する部分の構造が変化することが観測され、これについて研究グループでは、「コンセント」から「プラグ」を抜き、電子の逆流を防いでいるのではないかと想定されるとしている。

ミトコンドリア電子伝達反応の最終過程であるシトクロムc酸化酵素への電子伝達。ミトコンドリアでの電子伝達反応では、複合体IV、つまりシトクロムc酸化酵素で酸素分子が水に変換される過程で電子が消費されることにより、その一連の電子伝達反応は終結する。シトクロムc酸化酵素は鉄イオンや銅イオンなどを含み、その価数の変化を利用して電子を酸素に押し込むことで、酸素分子を水に変換している。このシトクロムc酸化酵素に電子を受け渡すのが、シトクロムc であり、酸素分子1個を水に変換するのに、4個の電子が必要で、それにはシトクロムcが4回電子を渡す必要がある。今回の研究では、このシトクロムcとシトクロムc酸化酵素がどのように結合するのかを明らかにした

なお、研究グループでは、ミトコンドリアには今回注目した過程だけではなく、その詳細がよくわからない電子伝達過程が多く残されており、今回と同様な手法で、それぞれのタンパク質間の電子伝達反応での電子を流す「プラグ」や「コンセント」の構造や機能、電子の逆流を防ぐ仕組みなどを明らかにできるものと考えており、解明を進めていくことで、生物の基本的な過程である酸素呼吸でのエネルギー生産の仕組みを分子や原子のレベルで理解できるようになるとの期待を示している。

また、今回の成果は、単に光合成など生物学的に重要な過程の解明の端緒となるだけではなく、ミトコンドリアの機能を模倣した人工的なエネルギー生産素子の開発や、従来の電子回路とはまったく異なった生体関連物質を用いた電子回路の設計にもつながる可能性があるとしている。