情報通信研究機構(NICT)は、産業技術総合研究所(産総研)および日本大学と共同で、光通信のための新しい原理の量子受信機を開発し、光通信理論のビット誤り率限界を打破する実証実験に成功したことを明らかにした。同成果は、米国物理学会速報誌「Physical Review Letters」のオンライン版および誌面に掲載された。

光通信の性能は、0と1の信号を識別する際のビット誤り率によって決まる。ビット誤り率は、伝送システムの雑音を除去することで小さくできるが、それでも原理的に消せない雑音(量子雑音)が存在している。そのため、従来の光通信理論では、ビット誤り率はある一定の限界(ショット雑音限界)より小さくすることはできないとされていた。一方、量子通信理論では、量子雑音を制御することができれば、ビット誤り率をさらに低減できることが知られていたが、信号を受信する過程での量子雑音制御は技術的に難しく、ショット雑音限界を打ち破るような量子受信機は、これまで実証されていなかった。

今回、NICTは、光を波として制御する従来の光通信技術に、粒子(光子)としての性質までも制御する技術を加えることで、量子雑音の影響を減らす受信方式(量子受信機)を発案した。この量子受信機に、産総研および日大が開発した高感度の光子数検出器(超伝導転移端センサ)を組み込み、光通信理論のビット誤り率限界(ショット雑音限界)を打破することに世界で初めて成功したという。

今回NICTが開発した「量子受信機」

具体的には、今回の実験では、0と1のビット信号をそれぞれ波の山と谷が互いに反転した光の波(いわゆる2値位相変調信号)に乗せて伝送させ、それを量子受信機で検出する実験を行った(2値位相変調信号は、現在のコヒーレント光通信で使われる最も基本的な信号)。

今回開発した量子受信機では、図1に示すように、0と1の波をそのまま測るかわりに、それぞれの波を参照光と干渉させ、一度、別の波の状態に変換してから、最後に光子の数を測定する。光子が1つでも検出されれば1と判定し、それ以外は0と判定することで、光通信で使われる信号を、量子雑音の効果を抑圧しながら高精度で識別することが可能になった。光子は気まぐれ(ハイゼンベルグの不確定性原理)であるため、信号パルスの中で勝手に現れたり消えたりするため、光を波として扱うとこの光子の気まぐれを制御しきれないが、光子という粒を正確に測ると最大限にその気まぐれを抑え込めることもできると研究チームでは説明している。

図1 今回NICTが開発した「量子受信機」の構成と原理

また、NICTが開発した量子受信機(図1)に対し、現在のコヒーレント光受信機では、図2に示すように、0と1の波の形を直接測定する。これは局発光と呼ばれる参照光を信号光と干渉させることで、0と1の信号をそれぞれ正と負の出力電流として測定するもので、その際に、理想的なコヒーレント光受信機でも、量子雑音のためにどうしても低減できないビット誤り率限界(ショット雑音限界)が生じることとなる。

図2 コヒーレント光通信方式の概要

図3は、平均光子数が0.21個という微弱な光信号の識別実験の結果を示したもので、縦軸はビット誤り率、横軸は受信信号の波形変換に用いる振幅制御パラメータ(ビット信号"0"の平均光子数の変化量)を表している。このような微弱信号のビット誤り率は極めて高く、光通信理論の限界(ショット雑音限界)は0.18になり(赤線)、今回開発した量子受信機のビット誤り率は、振幅制御パラメータが約0.6の時に最小(0.174)となり、ショット雑音限界よりさらに低い値が達成されることが実証されたこととなる。

図3 量子受信機を用いた実際の実験結果

今回開発した量子受信機では、NICTのコヒーレント光制御技術と、産総研と日大が開発した光子数検出器を組み合わせることで、信号光-参照レーザの明瞭度98.6%、光子検出効率91%の性能が実現された。この結果、図4に示されるように明瞭な光子数の識別が可能となり、光通信理論のビット誤り率限界(ショット雑音限界)を打破することができたという。

図4 "0"信号と"1"信号に対する検出光子数の出力分布。"0"信号はほとんどゼロ個(真空状態)と検出され(赤線)、"1"信号は、複数の光子数の分布からなっている(青線)。量子受信機のビット誤り率は、この2つの分布の重なりによって決まる

なお、今回の成果は、従来の理論限界を超えるもので、超長距離・低電力・大容量の量子通信の実現に向けた大きな突破口となるものと研究チームでは説明しており、同量子受信機を現在のコヒーレント光通信の受信機に置き換えて、既存の光ネットワークインフラに組み込めば、低電力で大容量の通信が実現できることから、まず、10年後をめどに衛星-地上間の光通信の高性能化に利用できるよう開発を進めていくとしている。また、同技術は高精度に光子を検出できるため、光エネルギーの計測標準技術などにも適用することが可能なため、将来的には、長距離光ファイバ通信の中継増幅器の数の削減や、光ファイバ中の送信電力を上げずに、通信の大容量化を実現することなどが可能になるとしている。