名古屋大学および理化学研究所(理研)の研究グループは、ミクログリアからのグルタミン酸の放出口であるギャップ結合/ヘミチャネルを、新規阻害剤「INI-0602」で阻害したところ、ALS(筋萎縮性側索硬化症)およびアルツハイマー病のモデルマウスの病状が改善したことを確認、ギャップ結合/ヘミチャネル阻害剤が、ALSおよびアルツハイマー病などの神経難病の治療法となる可能性を示した。
アルツハイマー病は、患者数が国内で210万人以上(65 歳以上の15%)、全世界で2000万人以上と言われる神経変性疾患。記憶障害に始まり、数年かけてゆっくり進行し、日常動作の破綻、寝たきりに至るため、患者のみならず家族、介護者の負担が多大で、アメリカでは経済損失効果は年間20兆円と試算されている。原因としては、脳内の老廃物(アミロイドβ、リン酸化タウなど)の異常な蓄積が考えられているが、詳細な発症機序は未解明のままである。現状、治療の主体は補充療法で、根治療法は未だ発見されていない。
一方のALSは、ホーキング博士なども罹患したことで有名な、全身の運動麻痺を来たす疾患。感覚、思考は正常だが、寝たきり、発声、経口摂取、呼吸不能に至るため、機械的補助なしでは発症3~5年で死亡するというもの。こちらの原因は不明で、未だ根治療法は発見されていない。
これら神経変性疾患に共通の発症機序として、異常に活性化したミクログリアから放出される過剰なグルタミン酸が神経細胞を殺す(興奮性神経細胞死)というメカニズムが提唱されている。この仮説に基づき、これまで、グルタミン酸受容体阻害剤やミクログリア阻害剤が治療法として試行されてきたが、生体内の正常なシグナル伝達を破綻させる副作用や神経保護的なミクログリアをも阻害することによる逆効果により、適用は断念されており、過剰なグルタミン酸のみ、もしくは神経傷害的なミクログリアのみを阻害する治療法が期待されていた。
研究グループは、これまでにミクログリアからのグルタミン酸の放出口がギャップ結合/ヘミチャネルであることを見出しており、ギャップ結合/ヘミチャネル阻害剤により、正常なグルタミン酸代謝に影響を及ぼすことなく、ミクログリアによる神経細胞死を抑制できることを培養細胞モデルで証明していた。しかし、グリチルレチン酸に代表される既存のギャップ結合/ヘミチャネル阻害剤は、血液能関門を通過しないため、中枢神経系へ入らず、神経変性疾患には使用しにくいという問題点があった。
今回、研究グループでは、多数のグリチルレチン酸誘導体を合成し、その中からギャップ結合阻害作用を保持し、中枢神経系への移行性を有する新規ギャップ結合/ヘミチャネル阻害剤「INI-0602」を発見、同阻害剤によるALS およびアルツハイマー病に対する治療効果の検討を行った。
その結果、INI-0602 は、代表的なギャップ結合/ヘミチャネル阻害剤であるグリチルレチン酸誘導体カルベノキソロンと同様にギャップ結合阻害作用を持ち、カルベノキソロンに比べて高い中枢神経系への移行性を示し、副作用および毒性は認められなかったという。また、INI-0602 は、培養細胞モデルおよび動物モデルにおいて、異常に活性化したミクログリアからのギャップ結合からのグルタミン酸放出を顕著に抑制し、神経細胞死を著明に減少させることも確認された。
これらの効果により、INI-0602による治療は、ALSモデルマウスの脊髄運動神経の細胞死を抑制し、生存期間を顕著に延長させたほか、アルツハイマー病のモデルマウスの記憶障害を正常マウスと同程度まで改善させることが確認され、アミロイドβの蓄積量にも影響を与えなかったことが確認された。
この結果は、INI-0602によるギャップ結合/ヘミチャネル阻害が、ミクログリアからの過剰なグルタミン酸放出を抑制することで、アルツハイマー病やALSなどの神経変性疾患に対する新たな治療法となる可能性が示されたこととなる。多様な神経疾患で傷害神経細胞の周囲に活性化ミクログリアの増加が認められていることから、同治療法は、パーキンソン病などの他の神経変性疾患、脳梗塞などの治療法にもなりうる可能性があり、現在それらのモデル動物での有効性の検証を行っているという。また、研究グループでは医薬基盤研究所の支援を受け、臨床応用へ向けて、薬剤の至適化作業を進めており、これらの過程を経て、新規治療薬として開発を進める予定としている。