大気中に浮遊するタンパク質などの有機エアロゾル粒子は、人体に取り込まれることで健康に悪影響を及ぼすことが知られている。また、有機エアロゾル粒子が、光化学スモッグにおいてオゾンや排気ガスと反応するとさらに有害性が高まる場合がある。今回、相対湿度と気温に応じてエアロゾル粒子の相状態(固体、半固体、液体)が変動し、それに応じて化学変質の度合いが大きく変化することが明らかにされた。
同成果は、東京大学-文部科学省長期海外留学支援制度を利用して、ドイツのマックスプランク化学研究所の博士課程に留学中の白岩学氏(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻)とその指導教官であるウルリッヒ・ペッシェル氏(マックスプランク化学研究所生物地球化学科研究室長)、マーカス・アンマン氏(ポール・シェラー研究所 放射・環境化学部 研究室長)、トーマス・コープ(ビーレフェルト大学化学科 教授)らにより得られたもので、米国科学アカデミー紀要「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)」(オンライン版)に掲載された。
水は液体でガラスは固体だが、蜂蜜やピーナツバターのような水のようにさらさらしていないが、しかしガラスほど硬くはないジェルやラバー状のものは、半固体と呼ばれる。これまで、大気中に浮遊しているエアロゾル粒子は、液体か固体のどちらかだと思われていたが、ピーナツバターのように粘々した半固体としても存在していることが、最近の研究により分かってきた。
大気中には、車や工場からのすす粒子や花粉や胞子のように植物などから放出される微粒子からなるエアロゾル粒子が数多く浮遊しており、これらが人体の肺などに取り込まれると、重大な健康被害を引き起こすことが知られている。また、エアロゾル粒子は光化学スモッグにおいてオゾンと排気ガスと反応すると、その発がん性やアレルギー性といった人体への有害性が高まることから、エアロゾル粒子の大気中の化学変質の機構解明は、その健康影響を評価する上で重要であるが、これまで半固体の化学変質に関しては未解明のままであった。
今回、研究グループでは、半固体の代表的な物質であるタンパク質と、大気汚染で特に重要なオゾンの反応実験を、ポール・シェラー研究所において実施した。
その結果、相対湿度が低いときは、オゾンはタンパク質とあまり反応しなかったものの、相対湿度を高くしていくと、オゾンとタンパク質の反応性が向上していく実験結果が得られた。
具体的には湿度が95%のときは、乾燥状態(湿度0%)のときに比べて、10倍反応が早く進んだという。これは、乾燥状態ではタンパク質はガラス状ですが、湿度が上がるにつれてタンパク質が吸湿して半固体から液体へと変化していくためで、タンパク質が固体のときは、オゾンはタンパク質の表面でしか反応できないが、タンパク質が液体になるとオゾンは液中でより速く反応することが可能となるためだ。タンパク質が半固体の場合は、化学反応はオゾンの粒子中への拡散により制限される。
大気中の有機エアロゾル粒子の一生。大気エアロゾル粒子は、工場や排気ガスから大気中に直接排出されたり、植物から出た揮発性ガスから化学反応により2次的に生成される。相対湿度や気温に応じて、粒子の相状態は液体と固体の間を振動し、化学反応により有害物質へと変質する。図中の赤丸は、オゾンを示していますが、固体では表面で、液体とは液中で反応が進行する。エアロゾル粒子は、水を取り込むことで雲や氷雲へと成長する |
研究グループの最近の研究により、花粉タンパクは大気汚染中でオゾンと二酸化窒素と反応し、アレルギー性を2~3倍向上させることが判明している。今回の研究に基づくと、温度と湿度が高い夏の都市の汚染大気中では、花粉タンパクが化学変質を受けやすく、そのアレルギー性がより高まっている可能性が大きくなっており、花粉タンパクが、大気汚染により老化(化学変質)されることで、人体への攻撃性を増していると研究グループでは指摘している。