東京大学 大学院理学系研究科 化学専攻の大越慎一教授らの研究グループは、光を当てると非磁石の状態(常磁性状態)から磁石の状態((強磁性状態)へと変化する新種の光スイッチング磁石の開発に成功したことを発表した。同成果は英国科学雑誌「Nature Chemistry」(オンライン速報版)で公開された。
オプトエレクトロニクス用材料として、光で変化する物質(光相転移材料・光変換材料)の研究開発が現在、各所にて進められている。光によって直接的に磁性をスイッチングできる光磁性材料は、光による直接的な書き込みが可能であるため、光メモリや光コンピュータなどの光磁気メモリ媒体などへの応用が期待されている。
研究グループは、スピンクロスオーバーを光で誘起するという機構で光強磁性を引き起こすことを目的に研究を行ってきた。スピンクロスオーバー現象(遷移金属イオンのスピン状態が、低スピン状態と高スピン状態の間で変化する現象)の代表例としては、鉄(II)イオンにおける高スピン状態FeII(S=2)と低スピン状態FeII(S=0)間の熱的な転移が知られている。もし、スピンクロスオーバー分子を無数に連結した結晶固体ができれば、光により磁石の状態へ相転移させることができるようになると期待されている。
図1 スピンクロスオーバー現象およびスピンクロスオーバー光磁性体のコンセプト図。鉄(II)イオンにおけるスピンクロスオーバー現象では、高スピン状態FeII(S=2)と低スピン状態FeII(S=0)の間を熱や光によって変化する。もし無数の高スピンサイトが連結した場合、それらのスピンが配列して磁石になると期待される |
これを実現するため、今回研究グループでは、オクタシアノニオブ酸鉄(II)ピリジンアルドキシム(Fe2[Nb(CN)8]・(4-CHNOH-C6H5N)8・2H2O)という三次元構造物質を合成した。
同物質はスピンクロスオーバー物質であることが実験の結果から確認されると共に、473nmの青色光を17mWcm-2の光強度で5分間照射すると、Tcが20K、保磁力(Hc)が2400e(エルステッド)の強磁性相に光誘起相転移することが観測された。
各種分光測定より、光を当てる前はFeII低スピン状態(S=0)だが、光照射後は、FeII高スピン状態(S=0)へと変化し、強磁性状態になることが明らかになった。
図4 Fe2[Nb(CN)8]・(4-CHNOH-C6H5N)8・2H2Oにおける光誘起強磁性 |
このような光誘起スピンクロスオーバーによる光強磁性の観察は、今回の研究例が初めてであり、同研究においてスピンクロスオーバー光磁性体が実現した理由は、スピンクロスオーバーを示す鉄(II)イオンとシアノ基を介して連結しているニオブイオン(NbIV、S=1/2)との間に強い磁気的相互作用が働いたことなどが挙げられると研究グループでは説明している。
スピンクロスオーバー光磁性体は、有機分子を多量に含むことが可能であるため(今回の物質では有機分子の含有量が体積分率で80%以上)、研究グループでは将来、構造的に柔軟性があるフレキシブル光磁性材料の開発に向けた一歩になるとの期待を示している。