東日本大震災で、多くの企業がBCP(事業継続計画)に不安を感じ、対策を検討し始めている。常に迅速な対応を求められる損保会社として、イーデザイン損保が震災後即座に導入を決断したのが、NTTコミュニケーションズのクラウド型仮想デスクトップサービス「BizデスクトップPro」だ。すでに自席PCを外出先から操作できるしくみを導入していた同社が、新たにサービスを導入した経緯を紹介しよう。
もし夜間・休日に災害があれば、自席からの画面転送では対応しきれないと実感
インターネット経由でデザインできる保険を提供しているイーデザイン損保は、国内損保大手の東京海上グループの一員だ。
事故時には迅速な対応が要求され、保険金の支払い条件が整えば滞りなく支払いを実行しなければならない保険会社として、同社が以前から活用してきたのがNTTコミュニケーションズのBiz Communicatorを活用した「どこでもオフィス」だ。これは、外出先から社内のPCを操作可能にするもので、役員や対策本部など、特に迅速な対応が求められる30~40名が、自席のPCからシンクライアント端末に画面転送を行い、外出先や自宅でも作業ができる仕組みを利用していた。しかし、3月11日の東日本大震災では、より万全な備えが必要なことを実感したという。
「震災時には、オフィスが短時間ながらも停電しました。ほんのわずかな時間でもPCの電源は落ちてしまい、そのまま自動的に起動されるということはありません。たまたま今回は平日の午後だったため、オフィスに残っていたスタッフにより、電源を入れ直すことができましたが、これが夜間や休日だったらどうなるだろうと思ったのです」と、業務部門マネージャーである森下哲夫氏は振り返る。
「どこでもオフィス」は、社内のPCを外出先で操作する仕組みのため、社内への電源供給がストップすると利用できなくなる。そこで、同社が新たに導入したのが、NTTコミュニケーションズの「BizデスクトップPro」だ。
これは、NTTコミュニケーションズのデータセンター上に構築された仮想デスクトップ環境を利用するサービス。このサービスを利用し、イーデザイン損保社内のシステムにアクセスするしくみを構築したのだ。「どこでもオフィス」と同じく画面のみを転送するため、アクセス端末にデータが残らない。
「震災の翌週には提案を受け、3月中には導入を決定しました。4月末から本番環境でのテストがスタートしており、5月半ばに弊社側での動作確認ができたところです。実際の業務利用は6月からの開始を予定しています」と、短期間での導入だったことを語るのは、業務部門シニアアソシエイトである米田亜希子氏だ。
セキュリティは多重のパスワードとシンクライアント端末採用で確保
重要な個人情報を扱う損保会社として、オフィス外で業務を行うためには厳重なセキュリティが必要となる。元々「どこでもオフィス」でも、アクセス用PCにストレージは搭載されていないシンクライアント端末に、画面転送だけを行うことで端末の紛失や情報流出に備えていたが、新たに導入した「BizデスクトップPro」でも同様の運用が行われる。
「端末にはデータを一切保持しません。ログインには何重にもパスワードがかかっていますし、指紋認証も行います。どこでもオフィスとの違いは転送されてくる画面だけです。エンドユーザーにわかりやすくないとダメですから、既存のどこでもオフィスと違和感なく利用できることを重視しました」と米田氏。
実際の利用にあたっては、まずシンクライアント端末を起動するためにBIOSパスワードを入力し、シンクライアント側のWindows起動時にログオンパスワードを入力する。その後、指定の指紋認証機能つきUSBキーを挿入し、指紋認証を行う。この後でシステムログオンのパスワードを入力し、接続先を「どこでもオフィス」にするか「BizデスクトップPro」にするかを選択する。さらに接続先のWindowsへのログオンパスワードも必要だ。
「指紋認証用のUSBキーは、指定のシンクライアント端末でしか使えないようになっています。また、シンクライアント端末にはUSBポートが複数存在しますが、指紋認証キーと通信カードのみが利用できるように設定してあります」と森下氏は語る。
業務システムは別途外部のデータセンターに置かれているため、クラウドの利用はあくまでも画面転送に利用する仮想デスクトップのみとなる。業務システムのあるデータセンターと、NTTコミュニケーションズのデータセンターという2つのデータセンターを活用しつつ、社内のルールと機器の設定でデータは万全の体制で守られている。
仕事のしやすさと対応力を両立させるために2システムの併用を選択
「BizデスクトップPro」を販売するNTTコミュニケーションズでは、この製品に興味を示す企業の傾向が、3月11日を境に大きく変わったという。
「以前は外出先でも業務ができるというような、業務効率化がセールスポイントでしたが、震災直後は災害対策で一気に注目され、さらに今は節電対策として関心を持たれています」とNTTコミュニケーションズの担当者は語る。
オフィスに出社しないことで、空調や光熱費といったものが削減されるため、今後は節電対策のソリューションとしての注目が高まりそうだ。イーデザイン損保ではあくまでも一部役職者の利用によるBCPを主目的としているが、節電にも役立つだろうとしている。
「今までは使うか使わないかに関わらず、夜間・休日も自席PCを起動したままにしていました。今後は特別に自席PCでなければやりづらいという業務を行う予定がある場合を除いて、PCの電源を落として退社できるでしょう。夜間・休日の節電になるため、社会的に求められているピークタイムの節電とは少し違いますが、効果があることは見込まれます」と森下氏は語る。
今後は「どこでもオフィス」と「BizデスクトップPro」は併用となり、ユーザーは自分の作業内容や外部条件に合わせてどちらを利用するか選択するようになる。
「IMEの単語登録など、細かいことではありますが自席のPCというのは自分にとって使いやすくカスタマイズされているもの。将来的にはもしかしたらクラウドへ完全移行ということがあるかもしれませんが、基本的にはユーザーが使い分ける形で利用します」と米田氏は語った。