奈良先端科学技術大学院大学(NAIST) バイオサイエンス研究科 遺伝子発現制御研究室の松井貴輝助教の研究グループは、小型の熱帯魚「ゼブラフィッシュ」をモデル動物として用い、器官の立体構造が形成される際、細胞群の自律的な集合が"ひきがね"になることを明らかにした。同成果は、5月31日に「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS:米国科学アカデミー紀要)の速報版に掲載された。

生物の器官を構成する細胞群(細胞の集団)は、球状に集まったり、層状に重なったり、立体的に配置されることで適切に機能する。しかし、細胞が集合し、その集合体を維持しようとする場合には、個々の細胞が勝手に移動してしまうと都合が悪くなるため、こうした細胞が、いつ動き、だれと結合し、その後、動かなくなるのかなどが、どのような仕組みで効率的に決定されるのかは謎であった。

生物の器官の配置は体内に効率よく収めるため、左右対称ではない。研究グループは、ゼブラフィッシュの左右非対称の配置を決める器官であるクッペル胞(KV:Kupffer's vesicle)に着目。発生の初期にKVの前駆細胞が細胞集団(クラスター)を形成することにより発生するが、このクラスタ形成のメカニズムは不明であった。研究グループでは、繊維芽細胞増殖因子(FGF)を活性化する正の制御因子「Canopy1」がKV前駆細胞の中でFGFシグナルを調節していることを発見。FGFシグナルが接着因子カドヘリン1の産生を誘導することでクラスタがバラバラにならず、構造を維持していることを突き止めた。

さらに詳細な機能解析を行った結果、FGFの働きを推進するCanopy1を介したポジティブフィードバックループが、細胞同士を接着して集団をつくる因子「カドヘリン1(Cadherin1)」の産生を促し、KV前駆細胞のクラスタ形成を自律的に引き起こすことを明らかにした。この回路は、一度オンになると、入力(FGF)がある限りずっとシグナルを活性化しつづけることができるため、安定してカドヘリン1を供給することができる。

KV前駆細胞でクラスタが形成される仕組み

左脳は論理的、右脳は直感的思考を行うなど、生物のからだに左右差があることは良く知られているが、この左右差は、発生過程に厳密に制御されており、ゼブラフィッシュのKV細胞には、シリアと呼ばれる短い繊毛があり、それを反時計まわりに回転させることで、ノード流と呼ばれる水流をつくり、その流れに乗って右と左にシグナルの差を作り出している。

正常な胚とFGFシグナルを破壊した胚の比較(緑色で染色されたものがシリア)

FGFシグナルを阻害したゼブラフィッシュ胚では、KV前駆細胞のクラスタが分散してしまい、KVの形成不全、シリアの形成異常が引き起こされる。この状況では、ノード流が発生せずに、左右差情報の伝達がかく乱されるため、心臓のループが逆になるなどの異常が観察された。この結果、KV前駆細胞のクラスタ形成は、その後に続く、KVの立体構造(器官)の構築と機能の獲得に不可欠なプロセスであることが示されたこととなる。

FGFシグナルを破壊したことによるKVの形成不全とシリアの形成異常が引き起こされている様子

なお、研究グループでは、今回の研究で明らかにされたメカニズムについて、今後のES細胞やiPS細胞から器官を創成する再生医療の技術開発にも役立つ可能性があるとしている。