生後発達期の動物の脳では、「神経回路の再編成(シナプスの刈り込み)」が起こることで正常な脳機能が獲得される。これは神経細胞の活動に依存し、よく使われる結合が強められ、使われない結合は消滅するとされていたが、東京大学などによる研究グループは、「P/Q型電位依存性カルシウムチャネル」という分子が同活動を担っていることを明らかにした。

同成果は、東京大学大学院医学系研究科 神経生理学分野の狩野方伸 教授、広島大学大学院医歯薬学総合研究科 神経生理学の橋本浩一 教授、東京大学大学院医学系研究科 神経生理学分野の喜多村和郎 准教授、新潟大学脳研究所 統合脳機能研究センターの辻田実加 准教授、新潟大学脳研究所 細胞神経生物学分野の山崎真弥 助教、新潟大学脳研究所 細胞神経生物学分野の﨑村建司 教授、北海道大学大学院医学研究科 解剖発生学分野の宮崎太輔 助教、北海道大学大学院医学研究科 解剖発生学分野の渡辺雅彦 教授、Center for Neural Science, Korea Institute of Science and Technology, KoreaのHee-Sup Shin教授らによるもので、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the USA(米国科学アカデミー紀要)」にて掲載された。

生まれたばかりの動物の脳は"柔らかい"が、これは、周りの環境に応じて柔軟に変化する能力を持つ、ということを意味する。その礎になっていると考えられているのが、生後発達期の脳で起こる神経回路の再編成(シナプスの刈り込み)である。

神経細胞は、神経突起を伸ばして他の神経細胞とシナプスを介して結合し、複雑な神経回路を作る。この神経回路が正確に作られることは、脳が正常に機能するために必須だが、生まれた時は神経回路が完成しているわけではなく、例えば動物の脳では、大人ではみられないような過剰なシナプス結合がみられ、機能的にも未成熟な状態にある。

この状態は、生後の発育の中で、機能的に必要なものが強められ、不必要なものが除去されることで、次第に機能的な神経回路が形成されていき、シナプスの刈り込みと呼ばれている。

これまでの研究から、正常なシナプスの刈り込みには、神経細胞が周りの環境などの刺激を受けて、電気的に活動することが必須であることが知られていたが、神経細胞の電気活動が、どのような分子メカニズムを介してそれを制御しているのか、という点はほとんど明らかになっていなかった。

研究グループでは今回、P/Q型電位依存性カルシウムチャネル(P/Q VDCC)と呼ばれるタンパク質が、神経回路の選別・除去のプロセスに必須な分子であることを解明した。VDCCは細胞膜上に存在するタンパク質で、神経細胞の電気活動を検知して開口し、細胞の中にカルシウムイオンの流入を引き起こすことができることから、神経活動をモニターして、その活動の強さを細胞内のシグナル伝達系に変換するメカニズムとして働くことが期待されている。

研究グループでは、小脳の登上線維-プルキンエ細胞間のシナプス結合の生後発達をシナプス刈り込みのモデルとして研究してきており、今回、同シナプスにて、P/Q VDCCがシナプス刈り込みに果たす役割の解析を実施した。

また、他の脳領域における遺伝子欠損の影響を極力排除するため、P/Q VDCCがプルキンエ細胞で選択的に欠損した遺伝子改変マウスを作製した。

大人の動物のプルキンエ細胞は、1本の登上線維のシナプス入力しか受けていないが、生まれたばかりの動物では、複数本の登上線維の入力を受けており、正常マウスでは、まず生後1週間の間に、将来プルキンエ細胞を支配する登上線維の選択的強化が起こり、その後生後3週までの間に、それ以外の不必要な登上線維の除去が起こって1本支配が完成する。

小脳の登上線維-プルキンエ細胞シナプスの生後発達の課程

一方、プルキンエ細胞選択的にP/Q VDCCを欠損したマウスでは、最初に起こる登上線維の選択的強化のプロセスが障害されており、登上線維の選別が正常に起こっていないことが判明したほか、引き続いて起こるはずの、シナプス除去のプロセスも障害されていることが判明した。

この結果は、シナプス後部の神経細胞(プルキンエ細胞)に存在するP/Q VDCCが、生後発達期に起こる、必要なシナプスの選別と不必要なシナプスの除去のプロセスに重要な働きを担っていることを示していると研究グループでは説明する。

また、シナプスの刈り込みは、正常で健康な脳機能の発育のため必須なプロセスであると考えられており、例えば、シナプスの刈り込みの異常が自閉症や統合失調症などと関連するという考えもあることから、今回の研究成果は、脳を理解するためだけではなく、社会性や社会的行動の共通基盤の理解という点でも意義深いものと考えられるという。