東京大学と理化学研究所(理研)の研究チームは、磁気秩序の存在しないゼロ磁場下で、巨大なホール効果が、電子スピンが自発的に形成するスピンキラリティによって出現することに基づき、そのスピンキラリティとゼロ磁場ホール効果が磁場の強度と方位により制御可能であることを発見した。
同成果は、元東京大学物性研究所のLuis Balicas客員准教授(現在は米国国立高磁場研究所 専任研究員)、元東京大学物性研究所 日本学術振興会特別研究員の町田洋氏(現在は東京工業大学大学院理工学研究科 助教)、東京大学物性研究所の中辻知 准教授、元東京大学物性研究所の小野田繁樹 客員准教授(現在は理化学研究所基幹研究所 専任研究員)の研究チームによるもので、米国物理学会誌「Physical Review Letters」のオンライン版に5月25日(米国時間)掲載される予定。
現在のCPUの揮発性メモリは、そのメモリ維持のためにリフレッシュ動作が必要となり、消費電力が大きいという欠点を持つ。一方で、不揮発性メモリはメモリ維持のための電力を必要としないため、フラッシュメモリを始め、次世代の不揮発性メモリ開発が各所にて進められている。次世代不揮発性メモリの1つに磁気抵抗メモリ(MRAM)があるが、その動作には多層膜のトンネル接合を必要とし構造的に複雑となっているほか、メモリの読み・書きの際の電流駆動による発熱や強磁性のヒステレシスによる本質的なエネルギー損失が存在しており、単層で作動する構造的に単純なホール素子を用いた異常ホール効果を利用して、散逸を大幅に削減した新しいメモリ機構の実現が求められていた。
19世紀の発見以来、異常ホール効果の発現には、これまで磁場、あるいは磁気秩序に伴った磁化成分が必要とされてきたが、研究チームでは2010年にゼロ磁場で磁化のない状態で自発的に現れる新しいホール効果を発見していた。
これは幾何学的フラストレーションにより安定化されたスピン液体状態において、スピンの作る立体角(スピンキラリティ)の巨視的秩序が巨大な仮想磁場を作るために現れると考えられている。
同機構では磁化のヒステレシスに伴うエネルギー損失・発熱はなく、また、従来の異常ホール効果を凌ぐ大きな信号が弱磁場で得られることから、同ホール電流の機構解明は、基礎学術的に重要な課題であるのみならず、メモリの消費電力の低減を実現し、不揮発性メモリを用いた低エネルギー消費の情報処理を実現する技術基盤を与えると考えられており、研究チームでは今回、このゼロ磁場ホール効果を実現したPr2Ir2O7の純良単結晶を用いてホール伝導率の磁場とその方向依存性を詳細に調べた。
その結果、この立方晶の物質の[111]方向に磁場をかけた場合に特に巨大なヒステレシスを伴った自発的ホール伝導度が現れることが判明した。この現象の現れる低温ではスピンはアイスルールに従い、スピンアイスと呼ばれる水の氷と同じ構造を取ることがわかっているが、このスピンの配置では、特に[111]面に最も大きなスピンキラリティの成分が現れることが期待され、そのことと一致することがわかったほか、氷では現れない量子性がこのホール効果の発現に重要となっていることを強く示唆しているという。
なお、同成果は、新たな自発的ホール効果、また、それを用いた今後のホール素子に基づくメモリ機構の開発のための重要な一歩となると考えられると研究チームでは説明するほか、スピンアイスという新しい磁性現象で現れた量子効果の研究は、という新たな磁性体を理解するうえでも、今後さらなる重要な知見を与えることが期待されるとしている。