独SAPは5月16日より3日間、米オーランドで年次カンファレンス「SAPPHIRE NOW 2011」を開催した。会場には米国を中心に世界から約1万3000人が参加するなど、景気回復を思わせる盛況振りとなった。過去最大のSAPPHIREだという。
5月17日の基調講演では共同CEO2人が登壇し、1年前に打ち出した「オンデマンド」「オンプレミス」「モバイル」の3つの方向性に向けた進捗を報告した。「(買収による)統合ではなく、イノベーション」とし、インメモリ、モバイル、人間中心のアプリケーションという3つの新技術の追加により、変化に対応できる企業になるのを支援するとした。
SAPは2010年初めより、Bill McDermott氏とJim Hagemann Snabe氏の2人が共同でCEOを務める体制を敷いている。McDermott氏は北米ベースで営業を担当し、Snabe氏は欧州で戦略とイノベーション、そして製品ポートフォリオを統括している。昨年は、オーランドからMcDermott氏が、ドイツからSnabe氏が基調講演を行ったが、今年は2人の共同CEOが揃ってオーランドのステージに立った。
SAPの展望
最初に登場したMcDermott氏は、SAPの戦略の背景や流れについて説明した。
McDermott氏が強調するのは、コンシューマーの重要性が高まっていることだ。インターネットというパワーを得たコンシューマーは、瞬時に価格を比較し、製品に関する苦情があればそれをソーシャルメディアで伝えるようになった。このようなコンシューマーの影響力を過小評価すべきではない、とMcDermott氏。「顧客の関心が5%アップすれば、売上げが最大で90%アップするともいわれている」という。一方で、企業はかつてない規模の情報をコンシューマーから収集しており、「ビックデータ」を持っている。ここでの課題は、「顧客とエンゲージしながら現状を変える、ビジネスを成長させること」とMcDermott氏。過去のデータからレポートを作成するのではなく、リアルタイムでの分析が必要という。「適切な場所、時間、人に適切な価格で提供する」、これを"瞬間のビジネス"とMcDermott氏は述べた。
これを実現するのが、1)リアルのリアルタイム、2)顧客エクスペリエンスのモバイル化、3)エンドツーエンドでのビジネスプロセスとなる。
オンデマンド、オンプレミス、オンデバイス - 3つの施策
SAP共同CEOのJim Hagemann Snabe氏 |
続いて、Snabe氏が個々の戦略について説明した。「2010年のSAPPHIREで、われわれはオンデマンド、オンプレミス、オンデバイスの3つの選択肢を提供すると約束をした」とSnabe氏。一貫性のあるアーキテクチャとデータを土台に持つことで、プロセスをエンドツーエンドでオーケストレーションする、これがSAPの強みとなる。Snabe氏はそれぞれについて、これまでの成果を報告した。
まずオンプレミスでは、主力製品の「Business Suite」はもちろん、分析「Business Analytics」、中小規模企業向けの「Business One」と「Business All-in-One」など、全てのオンプレミス製品でイノベーションを図っているという。「この1年間で400社が新規にSAPのオンプレミス製品を選んだ」とSnabe氏は胸を張る。
次のオンデマンドでは、「Business ByDesign 2.0」のボリューム出荷を5カ国で開始、これまでに500社が導入したという。Snabe氏は、「これまでで最も成功した製品」と言う。
3つ目のオンデバイスでは、Sybaseの買収完了だ。Sybaseのモバイルプラットフォームや管理技術を利用する端末は45億台。これは世界の携帯電話の90%という。
Snabe氏は、企業の理想形を「魚の群れ」にたとえる。互いに距離を保ちながら一体となって動き、危険を察知すると迅速・柔軟に対応しながら進んでいく、という例だ。
Business Suite、Business Analyticsなどの既存製品により、戦略を立て実行するまでのところをカバーするが、SAPはそれ以上のことを実現していく。「持続性があり、予測性が高く、変化に迅速に応じる企業にするため、SAPに何ができるのか」とSnabe氏は自問する。答えは、「一貫性のあるコアを土台とし、イノベーションを追加していく」ことだという。
SAPがもたらす3つのイノベーション
Snabe氏はこの日、SAPがもたらすイノベーションとして、1)インメモリコンピューティング、2)モバイル、3)人間中心のアプリケーション、の3つを紹介した。
1つ目のインメモリコンピューティングはSAPが数年前から言及している技術で、2010年のSAPPHIREでは分析に利用した製品「High-performance ANalytic Appliance(HANA)」を発表した。HANAはその後、2010年末に提供を開始している。
「リアルタイムコンピューティングそのものは、39年前に創業したときからあるビジョンだ」とSnabe氏。インメモリ技術により、まったく新しいレベルになったという。インメモリデータベースは新しいものではないが、HANAの革新性は「リアルタイムだけではなく、データの圧縮とカラムストアを組み合わせる方法」だという。これにより、規模に関係なく、全ての情報をメインメモリに保存できる。
メリットはもちろんスピードだ。リアルタイム分析により変化の兆候を予測し、対応策をシュミレーションできる。銀行がリアルタイムのリスクマネジメントに利用したり、コンシューマ製品のプロモーション管理など、さまざまな利用シナリオがあるという。スピード以外には、ハイブリッドソリューションの複雑性を回避できるため、ハードウェアコストを下げられるのも魅力だ。Snabe氏によると、HANAの導入顧客は20倍高速化しつつ、ハードウェアコストを10%に押さえられたという。「価格性能比は200倍改善したことになる」(Snabe氏)。
インメモリコンピューティングは今後、Business SuiteやBusiness ByDesign、Business OneなどSAPの全製品ポートフォリオの土台にしていくという。
2つ目のモバイルでは、モバイル端末からビジネスプロセスと情報にアクセスできるようにし、サプライチェーン全体のデジタル化を実現していく。「サプライチェーンに加わっている全員がモバイル端末やセンサーで接続されていれば、需要の変化や供給の変化に迅速に対応できる」とSnabe氏。
Snabe氏はここで、Sybaseのモバイルアプリプラットフォームの最新版「Sybase Unwired Platform 2.0」やSDKを発表した。SAPシステムからエンドユーザーまでをつなぐことができ、さらにはSAPの上にモバイルエクスペリエンスを構築できる。
3つ目の人間中心のアプリケーションは、新しいキーワードとなる。「Facebookなどのソーシャルメディアは人がコネクトしたときに生まれるパワーを教えてくれた」とSnabe氏、SAPはビジネスで人と人を結びつけ、生産性を改善していく。そこで必要なのが、人が中心のアプリケーションだ。「伝統的なビジネスアプリケーションはビジネスプロセスやデータを中心に設計されている。人が中心の新しいカテゴリが必要だ」。どうやって仕事をしているのか、使う側にフォーカスしたアプリケーションにより、よりコラボレーションや良い意思決定につながると見る。
人間中心のアプリケーションの第1弾として、2011年に「Sales OnDemand」を提供する予定だ。
3つのイノベーションを説明した後、Snabe氏は「新技術は、働く方法を土台から変える。必要なのは統合ではなくイノベーションだ」と述べ、「SAPにはイノベーションがある」と語った。
基調講演中、米ニューヨークを中心に展開するオンラインの食料品店FreshDirectの事例が紹介された。
商品の多くが農家から直接配送センターに集められるという「新鮮さ」を特徴としており、食料品店、オンラインストア、運輸企業の3つを組み合わせる。同社はSAPのERP、Business Analyticsを利用し、変化があるとすぐに対策をとるシステムを用意した。この結果、配送遅れは80%減り、オンタイム配達率は98%以上を達成したという。「新鮮な食料を安価にし、宅配する。モダンな技術を利用して、顧客が喜ぶような新しいビジネスモデルを作った例だ」とSnabe氏は紹介した。