理化学研究所(理研)は、独自に開発してきた転写開始点同定技術「Cap Analysis of Gene Expression(CAGE)法」を1分子シーケンサ「Helicos Genetic Analysis System」に適用し、100ngのRNAサンプルから、定量的かつ高精度に遺伝子発現量を測定することができる「HeliScopeCAGE法」を開発した。
同技術は、理研オミックス基盤研究領域(理研OSC)と米Helicos BioScienceとの共同研究の成果で、米国の科学雑誌「Genome Research」および同オンライン版に掲載された。
ゲノムシーケンスの現在の主流は、逐次DNA合成・光検出法による超並列シーケンス手法を組み込んだ第2世代シーケンサだが、2008年に、第3世代シーケンサとして「1分子シーケンサ」が登場してきた。しかし、先端のシーケンサで解析する際には、すでに使用方法が確立しる従来のシーケンサを使用する場合と異なり試行錯誤が伴う。それは機器の物理的な動作確認や調整のみならず、用途ごとにサンプルを調製する技術、従来経験したことのない膨大なデータの処理、それらの中から有用な情報を取り出すためのバイオインフォマティックス技術の開発なども含まれてくる。
理研OSCは、これまでのゲノム・トランスクリプトーム(RNA)解析の研究活動を通して蓄積してきた先端技術とノウハウを活かし、2009年4月以降、日本のシーケンス拠点として活動しており、約20台の多種多様なシーケンサを導入し、研究目的に合ったサンプル調製技術やバイオインフォマティックス技術を統合してスケールメリットを持たせるとともに、さらなる技術の開発と普及に務めてきた。特に1分子シーケンサ「HeliScope」は、1分子のDNAを直接解析することができるため、従来のシーケンサでは不可能だった細胞1個を解析する技術開発に向けて重要な役割を担うと考えられており、2008年にHelicosとの共同研究を開始し、OSCが独自開発した遺伝子解析技術である CAGE法をHeliScope仕様に適用する「HeliScopeCAGE法」の開発を進めてきた。
今回、研究グループは、理研が独自開発した遺伝子解析技術であるCAGE法を、DNA増幅工程を不要とするHeliScopeに適合させることで、従来のCAGE法で必要であった、二本鎖cDNA合成工程やDNA増幅工程を省き、よりシンプルな「HeliScopeCAGE法」の手順を確立することに成功した。
その結果、DNA増幅処理で生じていたデータの偏り(バイアス)を回避し、高いデータの再現性を達成した。実際に、ヒト急性単球性白血病由来のTHP-1細胞株を用いて、RNAの遺伝子発現の定量解析を行い、同じ検体から作製した2セットのサンプルの測定データを比較したところ、ピアソンの積率相関係数が0.989(1に近いほど正の相関がある)と高い再現性を示した。
異なるデータ間での遺伝子発現における再現性の相関。横軸は複製#2の、縦軸は複製#3の遺伝子発現を表す。両データの解析値がほぼ同一であることから、2回の測定を通じて高いデータ再現性を示していることが分かる |
また、測定感度が高まり、ダイナミックレンジ(識別可能な範囲)の幅が従来技術(3桁程度)に比べて5桁以上と大きく広がるだけでなく、100ngのRNAサンプルから遺伝子発現量を定量化することに成功した。
RNA総計が5μgの場合と100ngの場合の遺伝子発現の比較。ヒト急性単球性白血病由来のTHP-1細胞株を用いて、RNA総計が5μg(5,000ng)の場合と 100ngの場合の5リード(断片化された遺伝子を端から配列決定したもの)以上シーケンスできたものをカウントした(5リード以上を有効とした)。100ngの場合でも、遺伝子発現を再現性良く検出している |
さらに、THP-1およびHeLa細胞株における遺伝子発現の違いを、HeliScopeCAGE法とマイクロアレイ法で解析した結果、マイクロアレイ法との高い相関を得ただけでなく、発現に差があった遺伝子の数を比較すると、HeliScopeCAGE法では、マイクロアレイ法より1,957個多い4,302個の遺伝子発現の差を検出し、精度と解析範囲が従来以上であることを証明した。
現在、バイオ医学研究分野を中心として、インフォマティクス手法の開発や次世代シーケンサの高度化を目指した競争が世界中で進められている。今回開発したHeliScopeCAGE法を用いることで、100ngの微量サンプルから、PCR法によるバイアスのない、高い精度の遺伝子発現解析が可能になったことから、これにより現在の技術では不可能な、細胞1個の遺伝子発現の解析が可能になると期待される。
そのため理研OSCでは現在、HeliScopeCAGE法を駆使して、遺伝子発現ネットワーク解析技術をさまざまな細胞へ応用し、ヒト細胞の多様性の解明に取り組んでおり、これらの技術と研究成果を、今後のがん治療や再生医療などの医療応用に活用していくとしている。