理化学研究所(理研)は、間違った神経回路の形成を阻害する反発性軸索誘導因子による成長円錐の退縮が、今まで考えられてきたメカニズムとはまったく異なる、「マクロピノサイトーシス」と呼ぶ大きな細胞膜の回収によって制御されていることを明らかにした。
これは、理研 脳科学総合研究センター 発生神経生物研究チームの御子柴克彦チームリーダー、樺山博之研究員らによる共同研究の成果で、同成果の詳細は米国科学雑誌「The Journal of Neurescience」に掲載された。
神経回路の形成は、誘因性軸索誘導因子と反発性軸索誘導因子の組み合わせによって成り立っている。その内、反発性軸索誘導因子は、神経突起先端にある成長円錐の退縮を引き起こすことで神経突起の伸長を止め、間違った神経細胞とのシナプス形成を阻害する。この成長円錐の退縮は、正常な神経回路形成のために重要な役割を担っており、例えば、反発性軸索誘導分子の1つであるSema3Aを欠損したマウスは、初期発生期の神経突起が間違った方向へ伸び続け、神経回路網が正常に形成されない。また、Sema3Aは脊髄損傷時にその発現が誘導され、神経再生を阻害することが分かっている。このため、脊髄損傷治療の面からも、この反発性軸索誘導因子による成長円錐の退縮の仕組みを解明することは重要とされているが、これまで、成長円錐の退縮時の膜表面積の減少の制御にかかわる分子機構の実体は不明のままであった。
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ニワトリ背根神経節神経細胞の神経突起の先端にある成長円錐
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細胞膜を回収するシステムとしてエンドサイトーシスが知られている。2008年に研究グループは、Sema3Aにより成長円錐でマクロピノサイトーシスが誘導されることを報告している。マクロピノサイトーシスの特長として、クラスリン非依存性の細胞膜回収のエンドサイトーシスであること、蛍光ラベルされた分子量10万以上のデキストランを取り込むことで可視化できること、取り込まれた小胞は大きいため、空胞(Vachole)とも呼ばれ、顕微鏡下でしばしば容易に観察できること、があげられ、近年マクロピノサイトーシスはあらゆる生命現象に深く関わることが示されている。
2008年の成果は、神経細胞でマクロピノサイトーシスが誘導されることを示したものであったが、Sema3A誘導のマクロピノサイトーシスの生理的役割や分子機構は解明されていなかった。
Sema3Aによって取り込まれた空胞面積は、成長円錐の表面積と逆相関し、成長円錐の退縮とともに空胞は増えていくことから、今回、研究グループでは、マクロピノサイトーシスが成長円錐の退縮に重要な役割を担っていると考え、マクロピノサイトーシスを特異的に阻害するEIPAを用いて解明を行った。
ニワトリの培養背根神経節の神経細胞の成長円錐は、Sema3Aにより退縮するが、EIPAの存在下では、Sema3Aによる成長円錐の退縮は抑制され、デキストランの取り込みも同様に抑制された。この結果は、Sema3Aによる成長円錐の退縮が、マクロピノサイトーシスによる細胞膜の大規模な回収によるものであることを示しているという。
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EIPA存在下ではSema3Aによるデキストランの取り込みと成長円錐の退縮が抑制される。
A~D:ニワトリ胚背根神経節神経細胞の成長円錐の固定標本。通常成長円錐は手の平のような形で(A)、デキストランの取り込みも観察されない(C)。Sema3A添加により、デキストランの取り込み(青矢頭、D)、と成長円錐の退縮(B)が起きる。図Dの挿入図はデキストラン(マゼンタ)と微分干渉像を重ねたもの。デキストランが退縮した成長円錐に取り込まれている。
E~H:マクロピノサイトーシス阻害剤EIPA存在下における成長円錐。Sema3A添加を行っても、デキストランの取り込みや成長円錐の退縮は起こらない。
I:デキストランを取り込んだ成長円錐の割合(%)。通常Sema3A処理をすると成長円錐のデキストラン陽性率は対照(牛血清アルブミン)処理と比べ、有為に上昇する。しかしEIPA存在下では、Sema3A処理を行っても、デキストラン陽性率は増加しない。これはSema3Aによるデキストランの取り込みがマクロピノサイトーシスを介していることを示している。
J:成長円錐面積。Sema3A処理によって、成長円錐の面積は減少する(退縮)。しかしEIPA存在下では、Sema3A処理による成長円錐の面積の減少は抑制される。これはSema3Aによる成長円錐の退縮がマクロピノサイトーシスによるものであることを示している。
なお、図中の**は、統計的に差が有意であることを示すもの
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次に研究グループは、成長円錐でマクロピノサイトーシスがどのように誘導されるかを調べるため、マクロピノサイトーシスを成長円錐で制御する分子の同定を試みた。まず、膜輸送分子であるSyntaxin1Bを切断する活性を持つボツリヌフ毒素(Neurotoxin C1)に着目。Neurotoxin C1は成長円錐を退縮させると同時に、空胞形成を誘導することが知られており、その空胞がマクロピノサイトーシスによる空胞とよく似ていることから、研究グループはNeurotoxin C1による空胞形成がマクロピノサイトーシスによるものと推測し、解析を行った。この結果、デキストランがNeurotoxin C1による空胞に取り込まれることが判明した。
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成長円錐におけるマクロピノサイトーシス制御分子の探索。
A~C:Neurotoxin C1(NT-C1)処理したニワトリ胚背根神経節神経細胞の成長円錐のライブイメージング。空胞にデキストランが取り込まれている。
D~F:対照の成長円錐。空胞形成やデキストランの取り込みは観察されない。
G:デキストラン陽性成長円錐の割合。NT-C1処理により、デキストラン陽性成長円錐が有為に増加する。EIPA存在下ではNT-C1処理を行ってもデキストラン陽性成長円錐の割合は増加しない。
H:成長円錐面積。NT-C1処理により、成長円錐の面積が減少するが、EIPA存在下では、NT-C1処理による成長円錐の面積の減少は抑制される。これはNT-C1処理による成長円錐の退縮がマクロピノサイトーシスを介していることを示す。
なお、**、***は、統計的に差が有意であることを示している。*の数が多いほど有為である
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また、Neurotoxin C1によるデキストランの取り込みと成長円錐の退縮は、EIPAにより抑制されており、これらの結果は、Neurotoxin C1による空胞形成と成長円錐の退縮がマクロピノサイトーシスによるものであることを示したとする。
Neurotoxin C1は、成長円錐に局在するSyntaxin1Bを切断することで、空胞形成を誘導することが知られている。そのため、Syntaxin1Bの発現を減少させることで同様に、成長円錐の退縮とマクロピノサイトーシスの誘導が起きるか調べたところ、実際にそれらの現象を観察することができた。
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Syntaxin1Bはマクロピノサイトーシスの負の制御因子
A:Syntaxin1Bの発現を抑制するsiRNA(Syx1B-siRNA)を導入した背根神経節神経細胞におけるSyntaxin1Bの発現抑制の様子。対照と比べ、Syntaxin1Bの発現が約53.4%まで低下する。
B~G:成長円錐の固定標本。蛍光タンパクEGFPを共導入し、siRNAが導入した成長円錐を可視化したもの。Syx1B-siRNAを導入した成長円錐はデキストランの取り込みと退縮が観察できる(B、C)。対照のsiRNAを導入した成長円錐ではデキストランの取り込みも退縮も観察できない(D、E)。EIPA存在下では、Syx1B-siRNAによるデキストランの取り込みと成長円錐の退縮は抑制される(F、G)。
H:デキストラン陽性成長円錐の割合(%)。B-Gで示した成長円錐のデキストラン陽性率を解析した。
I:B-Gで示した成長円錐の面積。
なお、**、***は、統計的に差が有意であることを示している。*の数が多いほど有為である
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これは、Syntaxin1Bはマクロピノサイトーシスの負の制御因子であるとともに、マクロピノサイトーシスが成長円錐を退縮させることを示している。
Syntaxin1Bの減少により誘導される成長円錐の退縮とマクロピノサイトーシスは、Sema3Aによるものと酷似しているため、Sema3AがSyntaxin1Bの機能や発現を低下させている可能性が考えられ、成長円錐のSyntaxin1Bのタンパク量は10分間のSema3A処理により、減少することが判明した。
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Sema3Aにより、成長円錐におけるSyntaxin1Bのタンパク量が減少する
A~D:対照またはSema3A処理した成長円錐の免疫染色像。Syntaxin1B抗体とSNAP25抗体で二重染色した。
E:成長円錐におけるSyntaxin1Bタンパク量の定量化。SNAP25タンパク量でSyntaxin1Bタンパク量を標準化し比較した。Sema3A処理によって、有為にSyntaxin1Bタンパク質は減少する。
F:反発性軸索誘導因子のephrin A2によっても、SEMA3Aと同様に、成長円錐においてSyntaxin1Bタンパク量が低下する。
G:擬似的に成長円錐の形態を退縮させるアクチン繊維の脱重合阻害剤(Jas)はSyntaxin1Bタンパク量を低下させない。
なお、***は、統計的に差が有意であることを示している
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このようなSyntaxin1Bの減少は、ほかの反発性軸索誘導分子ephrin-A2でも観察できるが、アクチン繊維の脱重合を阻害する薬剤では観察できなかった。これは、Sema3AががSyntaxin1Bの発現を抑制することによって、マクロピノサイトーシスを誘導することを示している。
逆にSyntaxin1Bを過剰発現させると、Sema3Aによる成長円錐の退縮とマクロピノサイトーシス誘導が抑制されることが分かった。
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Syntaxin1B過剰発現はSema3Aによる成長円錐の退縮を抑制する
A~D:EGFPまたはEGFP-Syntaxin1B(EGFP-Syx1B)を過剰発現した成長円錐の固定標本。EGFP-Syx1Bを過剰発現した成長円錐ではSema3A処理による成長円錐の退縮(A、B)やデキストランの取り込み(C、D)を抑制する。
E~H:EGFPを発現した成長円錐ではSema3A処理によって成長円錐の対縮(E、F)やデキストランの取り込み(G、H)が観察される。図Hの挿入図はデキストラン(Hのマゼンタ部分)とFの重ね合わせた画像。退縮した成長円錐にデキストランが取り込まれた。
I:デキストラン陽性成長円錐の割合。Sema3A処理により、デキストラン陽性成長円錐が有為に増加する。EGFP-Syx1Bを過剰発現すると、Sema3A処理を行ってもデキストラン陽性成長円錐の割合は増加しない。
J:培養ディッシュ中の成長円錐面積。Sema3A処理により、成長円錐の面積が減少する。
EGFP-Syx1Bの過剰発現は、Sema3A処理による成長円錐の面積の減少を抑制する。これはSema3A処理による成長円錐の退縮がマクロピノサイトーシスを介していることを示す。
なお、**、***は、統計的に差が有意であることを示し、*の数が多いほど有意差がある
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これによりSema3AがSyntaxin1Bの発現を減少させることでマクロピノサイトーシスを誘導し、その結果、成長円錐を退縮させていることが明らかとなった。
これまでの研究では、成長円錐の退縮を決めるのはアクチンなどの骨格系タンパク質と考えられてきた。それに対し今回の研究では、成長円錐の退縮に「マクロピノサイトーシスによる大規模な細胞膜の回収」という新たな分子機構が働いていることを提唱するものとなる。Sema3Aは発生初期の神経回路網形成に重要であり、また、神経再生が困難な脊髄損傷において、中枢神経系の神経再生を阻害する分子としても知られていることから、今回の成果により、Sema3Aがマクロピノサイトーシスにより成長円錐を退縮させている可能性が示されたことに、大きな意義があると研究グループでは説明している。
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Syntaxin1B過剰発現はSema3Aによる成長円錐の退縮を抑制する
A~D:EGFPまたはEGFP-Syntaxin1Bを過剰発現した成長円錐の固定標本。EGFP-Syx1Bを過剰発現した成長円錐ではSema3A処理による成長円錐の退縮(A、B)やデキストランの取り込み(C、D)を抑制する。
E~H:EGFPを発現した成長円錐ではSema3A処理によって成長円錐の対縮(E、F)やデキストランの取り込み(G、H)が観察される。図Hの挿入図はデキストラン(Hのマゼンタ部分)とFの重ね合わせた画像。退縮した成長円錐にデキストランが取り込まれた。
I:デキストラン陽性成長円錐の割合。Sema3A処理により、デキストラン陽性成長円錐が有為に増加する。EGFP-Syx1Bを過剰発現すると、Sema3A処理を行ってもデキストラン陽性成長円錐の割合は増加しない。
J:培養ディッシュ中の成長円錐面積。Sema3A処理により、成長円錐の面積が減少する。
EGFP-Syx1Bを過剰発現は、Sema3A処理による成長円錐の面積の減少を抑制する。これはSema3A処理による成長円錐の退縮がマクロピノサイトーシスを介していることを示す。
なお、**、***は、統計的に差が有意であることを示し、*の数が多いほど有意差がある
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なお、今後は、Sema3Aに依存的なマクロピノサイトーシスの分子機構をさらに詳しく解明していくことで、神経再生法の確立にもつながっていくものとの期待を研究グループでは示している。