東北大学 大学院生命科学研究科 杉本亜砂子教授と理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 戸谷美夏研究員らは線虫胚をモデル系とした分子イメージング解析から、オーロラA(Aurora A)というタンパク質が紡錘体の主要な構成成分である微小管を安定化することが紡錘体形成に重要であることを見いだした。同発見はガン治療法の開発にもつながると期待されており、その成果は、英科学専門誌「Nature Cell Biology」(電子版)に掲載された。
遺伝情報が次世代に引き継がれていくためには、細胞分裂が行われるごとに遺伝情報の担い手である染色体が娘細胞に均等に分配されていくことが必要であり、この役割を司っているのが紡錘体と呼ばれる細胞内装置である。紡錘体は主に微小管という繊維状のタンパク質複合体から構成されているが、微小管が細胞分裂期に形成される仕組みについては不明な点が多く残されていた。
研究グループでは、線虫の初期胚をモデル系として用いて細胞分裂期の微小管形成の動態を詳細に解析することにより、オーロラAタンパク質が紡錘体微小管の形成に重要な役割を果たしていることを見いだした。これまで微小管形成にはγ-チューブリンというタンパク質が重要であるとされていたが、杉本教授のグループはそれとは独立にオーロラAが関わる微小管形成機構が存在することを以前の研究から明らかにしており、今回、線虫の初期胚を用いて、微小管を蛍光タンパク質で標識することで可視化して分子イメージング解析を行うことで、オーロラAが細胞分裂期に凝縮した染色体の周辺で形成される微小管の安定化に必要であることが判明した。
オーロラAは線虫からヒトまで進化的に広く保存されており、タンパク質をリン酸化する酵素であることが知られていた。従来はこの酵素活性はオーロラAの生体内機能に必須だと考えられていたが、線虫胚でこの酵素活性を持たないように改変したオーロラAを発現させたところ、微小管の安定化には影響が見られなかったことから、オーロラAによる微小管安定化にはタンパク質リン酸化酵素としての活性は必要ないことが分かった。
一方、オーロラAのもう1つの役割として知られていた中心体成熟(中心体の微小管形成能の増大)にはリン酸化酵素活性が必要であることも判明した。つまり、オーロラAはリン酸化酵素活性依存的な役割(中心体成熟)と非依存的な役割(微小管安定化)を有しており、それらを細胞内で使い分けながら細胞分裂期の紡錘体形成に寄与していることが明らかとなったと研究グループでは説明している。
オーロラAタンパク質の細胞内局在。線虫胚第一分裂期のオーロラAタンパク質は中心体と紡錘体微小管上に見られる。一方、タンパク質リン酸化酵素活性を持つ(活性化された)オーロラAは中心体の中央部にしか存在しない |
この結果、これまでタンパク質リン酸化酵素は酵素活性を持つ時にのみ働いていると考えられてきたものが、酵素が不活化されている場合でも別の役割を果たし得ることが示された。このような例はこれまでほとんど知られておらず、今回の研究をきっかけとして酵素タンパク質の多面的な機能という新たな観点からの研究が進展することが期待される。
また、オーロラAは多くのガン細胞で過剰に発現されていることが知られており、今回の成果を活用することで、ガン治療薬の開発にもつながることが期待できると研究グループでは説明している。