国立天文台の道越秀吾、小久保英一郎の研究チームは、重力多体問題専用計算機「GRAPEシリーズ」の最新版である「GRAPE-DR」を用いて大規模シミュレーションを行い、土星の環で見られるプロペラ構造の形成機構とその形成条件を明らかにした。 同成果は、2011年5月10日発行の米国の天体物理学専門誌「Astrophysical Journal Letters」に掲載される予定。
土星の環は、1cmから10m程度の大きさの莫大な数の氷粒子でできていると考えられている。土星探査機カッシーニによる高精細な観測が行われ、土星の環には、縞模様だけでなく多様な構造が存在することが明らかとなってきた。2006年にはカッシーニにより、プロペラとよばれる構造が発見された。同構造は、対称な長いしずくのような2つの模様からなる構造で、この形が飛行機やヘリコプターのプロペラを連想させることからプロペラ構造と名付けられた。典型的には数100mから数km程度の構造となっている。
図1 図1:土星の環で発見されたプロペラ構造。土星探査機カッシーニによる観測。土星の環の鉛直上向きから見た図で、公転の向きは図の左右の向き。図の上方向に土星がある。土星の環の公転の向きにのびる白いしずくのような形がプロペラ構造で、2つのしずく状の形の間の距離はおよそ5km(出所:国立天文台Webサイト、提供:NASA/JPL/Space Science Institute) |
現在、同構造の形成機構の解明に向けて、世界各所で多くの研究が進められており、現在、最も有力な説となっているのが、環の中に埋もれた小衛星によって作られるという説である。
図2 プロペラ構造の模式図。土星の環の中に小衛星が埋もれており、その重力によって、プロペラ構造ができていると考えられている(出所:国立天文台Webサイト「国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト提供」) |
今回、研究チームでは、環や小衛星の特性をより忠実に再現した大規模シミュレーションを行いプロペラ構造の形成機構を調べた。その結果、図3のような結果が得られたという。
図3 数値シミュレーションによって再現されたプロペラ構造。上の図と中段の図は、環の真上から見た図。土星は図の上方に位置している。下の図は、環を斜め上方から見た図。中心の天体が環の中の小衛星。小衛星の周りの環には、ウェイク構造とよばれる縞模様が見られる(出所:国立天文台Webサイト。可視化:武田隆顕「国立天文台4次元デジタル宇宙プロジェクト提供」) |
中心にある天体が小衛星で周囲にプロペラのような形をした穴ができているほか、小衛星周囲の環に細かな縞模様ができている。これは環自身の重力によってできるウェイク構造と呼ばれるもので、土星の環の高密度領域で存在すると考えられている構造である。
また、様々なパラメータでシミュレーションを行い、どのような条件でプロペラができるかを調べたところ、周囲の環の質量が小さい場合は、図3で示したように、ウェイク構造も見られ、プロペラ構造も形成される。しかし、周囲の環の質量が大きい場合は、ウェイク構造のみが見られ、プロペラ構造が形成されないことを発見した。
ウェイク構造が表われるようなプロペラ構造形成のシミュレーションには莫大な粒子数が必要で、今回の研究では約100万体の粒子のシミュレーションを行った。このような大規模な計算はこれまでの計算機では計算することが困難であったが、GRAPE-DRシステムで1カ月を要する計算を行うことで、ウェイク構造が表われる実際の土星の環に近いと考えられる構造でのプロペラ構造形成条件が明らかになった。
研究チームでは今後、大規模シミュレーションをさらに進めて、プロペラ構造の形や大きさが周囲の環の性質とどのような関係にあるかを詳細に調べていくことを計画しているほか、将来は惑星の環の起源についての研究も行っていきたいとしている。また、原始太陽系で微惑星とよばれる多数の小天体から惑星が形成されていく過程でも似た物理過程があることから、惑星の環の研究を通じた惑星形成理論の検証にも発展させていきたいとの考えを示している。