小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星イトカワにターゲットマーカーを発射し、H文字型の「自分の影」が落ちた画像を送信してきたのが2005年11月10日。そのときの感動をまるで昨日のことのように思い出す。天文図鑑や藤子・F・不二雄のコミック「21エモン」などであやふやな知識で空想していた小惑星帯へ、国産の探査機が送り込まれたのだ。イトカワ上空70mまで接近、という記事から、高さを日常生活で実感できる標高に見積もったり、イトカワがどのぐらいサイズなのかを想像したりして、自分の「目」が小惑星の上空にあるかのような錯覚すら覚えた。

ご存知「はやぶさ」にフォーカスをあてた書籍はすでに多く発刊されており、それぞれ多くの読者がいるが、本書ははやぶさプロジェクトに携わったエンジニアらの生の情報に触れることができる良書となっている。「はやぶさ」プロジェクトのリーダーであるJAXA川口淳一郎教授によるプロジェクト全体を俯瞰できる充実した記事を第1部に、プロジェクトや運用に関わったJAXAやNECの科学者やエンジニアによる「はやぶさ」探査機の全貌を第2部に集約した構成となっている。

第1部では、はやぶさ計画の発端からその成果までを時系列順に簡潔かつ十分な情報を提供している。川口先生が本格的に研究を取り組み始めたころは、すでに米国の宇宙工学が輝かしい発達を遂げていて、国産宇宙工学の出遅れに忸怩たる思いもあったが、惑星探査機「ボイジャー」などの成功にいつかそうした素晴らしい研究をやってのけたいという強い希望を持たれていたことやハレー彗星がきっかけで計画が大きく進んだこと。米国との協力関係や小惑星サンプルリターン計画の発端・JAXA内部のプロジェクトの進行などテンポよくまとめられており、赤外線観測衛星「あかり」を手がけた奥田治之先生の『先にやってもいいよ』の声掛けなども微笑ましく、読んでいて楽しい。

第2部は、複数のプロジェクトの集大成からなるはやぶさプロジェクトの1つ1つについてそれぞれの科学者・技術者が詳しく解説しており、本書の大きな特徴となっている。

「理論からはこうなるはずだから、こうした観測機器がほしい」という提案だけでなく、具体的にその機器を自作できる力が科学者には必要となってくる。まして誰も行ったことがない小惑星の環境下で確実な仕事をする機械である。本書ははやぶさプロジェクトのそれぞれのシーンでどのような機械が必要だったかを、実際の科学者・技術者の生の声で淡々と分かりやすく解説している。はやぶさプロジェクトでは地球に帰還するまでの涙ぐましい努力がよく語られるが、本書ではそれぞれの事象について、何が成功し・何が失敗で・何が解決策だったかが非常に明瞭に述べられている。得られるデータを基に冷静に分析・考察、そして解決するはやぶさチームの真の実力が浮き彫りにされ、その素顔に大きくクローズアップできるのが本書の第2部である。

搭載されたカメラで撮影する恒星の位置から小惑星イトカワの方向を調べる「光学複合航法」で、はやぶさは旅を続けた。旅の間見つめていた方面(とも座・りゅうこつ座)の星図を開いてみた。星図はRoger W. Sinnott「Sky & Telescope's Pocket Sky Atlas」

本書は特に理工系のエンジニア、またこれからそこを目指す若者にとって非常に参考となるのではないだろうか。前半の川口先生の記述で全貌をつかみつつ、後半の第2部では自分の専攻に近い分野を楽しく、専攻外については大いに参考にするなどで、1部と2部をパラレルに読み進めるのも面白いと思う。

自分は学生時代に天文学を専攻しており、すばる望遠鏡のプロトタイプに取りつけた近赤外線カメラの開発をお手伝いした経験があるのだが、CCDにHgCdTe(水銀・カドミウム・テルル)を採用していた。はやぶさのNIRS(近赤外分光器)に採用されたのはInGaAs(インジウム・ガリウム・ヒ素)であるが、その理由が本書に書かれているのを読んでなるほどと感心した。帰還したはやぶさから採取された鉱物が小惑星イトカワ由来であるとする理由についても、分かりやすいものであった。またエンジンや制御系には学ぶところが多く、惑星探査に必要とされる技術が何であるかに納得することが多かった。

1つの科学プロジェクトチームの成立とその協力体制について良く理解でき、科学調査が理論と実践、そして1つ1つのパーツの完成と技術者の力によるものであることが良く分かる。また海外の話でなく日本人によるプロジェクトということでも大いに参考になると思う。「はやぶさ2」についての見解が述べられているところも、明るい気持ちを与える。

日本は現在、巨大地震・津波被害、原子力発電所問題とかつてない事態に遭遇している。その対応と解決に向けての取り組みが、国際的にも大きな注目を集めている。「科学立国」としての実力を試されているようにも感じてならない。

人間の手の届かないところで大きなトラブルを迎えた「はやぶさ」を技術者らが無事生還させたことは、僅かに得られるデータと冷静に向き合い残された「希望」を失わずにいたその成果だと考えている。日本が科学立国としてどう進んでいくかの1つの希望が、本書には詰まっているように思えてならない。

「小惑星探査機「はやぶさ」の超技術」


発行 講談社
発売 2011年3月23日
新書 392ページ
定価 1,197円
出版社から 決して「奇跡」や「運」ではない 計算しつくされた技術の裏づけがあった
プロジェクト関係者らがはじめて明かす立ち上げから帰還までの舞台裏
どうやって「はやぶさ」プロジェクトを成功に導くことができたのか
打ち上げから帰還に至るまでの約7年にわたる宇宙の旅で何度も絶体絶命と思われた状況を切り抜けプロジェクトを遂行できた本当の理由とは? 企画立案時から開発、運用に携わってきたプロジェクトリーダーと技術者、研究者たちがその時何を考え、どう行動してきたのか、その舞台裏がはじめて明かされる。
強く言いたいのは、「世界初、世界一を目指すべき」ということです。アメリカの後追いをしていたならば、「はやぶさ」はあり得ませんでした。未知の領域に挑み、切り拓き、人類の歴史に新しいパースペクティブを提示することこそが、これからの日本が行うべきことなのです。――<本文より>