東京大学(東大)大学院工学系研究科の下志万貴博特任助教と同大物性研究所の辛埴教授は、鉄系超伝導体において、これまで知られている超伝導体とは異なる新しい超伝導メカニズムを発見したことを発表した。同成果は、2011年4月7日(米国東部時間)に米国科学誌「Science」(オンライン速報版)で、編者が特に推薦する「Science express」として公開された。
カマリン・オネスが水銀の超伝導を発見したのが今より丁度100年前の1911年。発見から100年で超伝導材料を用いた送電線やリニアモーターカーなどの技術開発が進む一方、より高い温度で超伝導を示す物質の開発を目指した基礎科学の研究も進められてきており、近年では銅酸化物高温超伝導体に次ぐ高い超伝導転移温度を示す鉄系超伝導体が室温超伝導体の候補として注目を集めている。
より高い超伝導転移温度を実現するためには、超伝導機構を解明することが必須だが、鉄系超伝導体が示す最高55K(-218℃)の高い超伝導転移温度は、従来から考えられてきた「結晶格子の振動」を介した電子対の形成メカニズム(BCS理論)では説明がつかない。そのため、1980年代に発見された銅酸化物超伝導体と同様に「スピン」が電子対形成を引き起こす可能性が高いと考えられてきたが、その一方で、電子が複数の「軌道」を行き来する軌道交換が超伝導発現に寄与しているという説も提唱されており、超伝導メカニズムに関する統一した見解は未だ得られていなかった。
超伝導メカニズムを解明するためには、電子対をつなぐ「のり」の種類を特定する必要があり、この「のり」の性質は電子対がどれくらい強いエネルギーで結ばれているかに現れ、このエネルギーは超伝導ギャップと呼ばれ、レーザー光電子分光という手法で観測することができる。
特に鉄系超伝導体は複数の電子軌道を持つため、電子軌道ごとに超伝導ギャップを測る必要がある。
図4 超伝導ギャップの観測結果。上図:レーザー光電子分光による鉄系超伝導体の超伝導ギャップの観測結果。横軸は電子の結合エネルギーを表し、黒い矢印で示されたエネルギーが超伝導ギャップの大きさに相当する。 |
もし、スピンが超伝導の起源である場合は、超伝導ギャップの大きさは電子軌道ごとに大きく異なるのに対し、軌道交換が起源である場合はそれらの大きさが揃うことが予想されていた。今回の研究では、研究グループが開発した世界最高クラスのエネルギー分解能を持つレーザー光電子分光装置を用いることで、これまで精密な測定が不可能であった鉄系超伝導体の超伝導ギャップが電子軌道の種類によらずほぼ等しい大きさを示すことを発見した。
この結果は、スピンを起源とする超伝導機構では現象を説明することが困難であり、むしろ軌道交換に起因する超伝導機構により理解できることを示しており、銅酸化物超伝導体にはない複数の電子軌道を有することが、鉄系超伝導体の高い超伝導転移温度に寄与している可能性が初めて示されたこととなった。
この研究成果は、古くから研究されてきた「格子振動」、「スピン」に続く、「軌道」を起源とする第三の超伝導状態が実現している可能性が新たに示されたことを意味する。今後は、電子軌道に着目することで、さらに高い超伝導転移温度を示す物質の開発につながることが期待されると研究グループでは説明しているほか、超伝導メカニズムとして格子、スピン、軌道などの豊富な起源があることが判明したことによって、室温超伝導体の夢により一歩近づいたと言えるとコメントしている。