東北大学 原子分子材料科学高等研究機構の水上成美助教、宮﨑照宣教授らは、同工学研究科の佐久間昭正教授、ならびに安藤康夫教授、独ゲッチンゲン大学らとの共同研究により、大きな垂直磁気異方性と低い磁気摩擦を併せ持つ薄膜材料を発見した。これは、ギガビット級磁気抵抗ランダムアクセスメモリ(MRAM)の材料開発を前進させる成果だという。米国物理学会「Physical Review Letters」に掲載された。

次世代不揮発性メモリの候補の1つとしてMRAMがある。同デバイスは、記憶素子としてトンネル磁気抵抗素子を用いるが、現在16Mビット品のサンプル出荷が行われているだけで、DRAM代替などを実現するためにはギガビットクラスのMRAMの実現が求められていた。

しかしギガビット級MRAMでは、TMR素子の大きさが数十nm以下になり、情報の記憶を担う磁化の方向が熱によって揺らぐため、情報が保持できなくなるという課題があったが、大きな垂直磁気異方性を有する垂直磁化膜をTMR素子に用いることで、この熱揺らぎの問題が解消できることが、最近の産学官共同研究で分かってきた。

メモリの書き込みには、TMR素子に電流を流すことで磁化の方向を反転させるスピン注入磁化反転という技術が用いられ、2010年にはこれらギガビット級MRAMの要素技術を用いて、64MビットのMRAMチップの試作が東芝のグループから報告されたが、より大容量となるギガビット級MRAM実現のためには、さらにすぐれた垂直磁化膜材料の開発が1つの課題とされているが、書き込みの際に必要な電流は、磁性材料に固有の磁気摩擦係数に比例して大きくなるため、低消費電力のギガビット級MRAMを開発するためには、垂直磁気異方性定数が大きく、かつ磁気摩擦係数の小さな垂直磁化膜材料が必要となっていた。

図1 ギガビット級磁気抵抗ランダムアクセスメモリ実現の課題。(a)熱揺らぎによる情報の消失。(b)磁気摩擦による書き込み電流の増大(太い矢印)。これらをクリアするための素子(c)。耐熱揺らぎのための大きな垂直磁気異方性と、書き込み電流低減(細い矢印)のための低い磁気摩擦、この2つの特性を兼備する垂直磁化膜材料の開発がカギとなる

今回、研究チームでは、単体では磁石にならないMn(マンガン)およびGa(ガリウム)元素を組み合わせた高磁気異方性マンガンガリウム合金に着目。同材料は、高磁気異方性材料系に多く含まれる貴金属や希土類元素などの元素を全く含まないにも関わらず、比較的大きな磁気異方性を示すことがこれまでの研究から分かっており、研究チームでは超高真空スパッタ法によって良質のマンガンガリウム合金薄膜を作製し、全光学的時間分解磁気光学カー効果によって最大約280GHzの電子スピンの振動の実時間観測に成功し、この材料が低磁気摩擦を示すことを見出した。この結果は理論計算によっても支持され、高磁気異方性と低磁気摩擦の両立が可能であることを実証する成果だと研究チームでは説明している。

図2 マンガンガリウム合金の結晶の構造(左)と今回の研究で作製された垂直磁化マンガンガリウム合金薄膜の磁気ヒステリシス曲線(右)

ギガビット級MRAMに必要とされる高磁気異方性と低磁気摩擦を両立する材料の報告例はこれまでなかったことから、希土類・貴金属フリーであるマンガンガリウム合金はギガビット級MRAM開発のカギとなるグリーンマテリアルになる可能性を有しているという。そのため、研究チームは今後、マンガンガリウム合金を用いたTMR素子の作製と特性評価を行い、ギガビット級MRAMへの応用を検討するほか、今回の結果をもとに、高磁気異方性と低磁気摩擦を併せ持つより優れた他の垂直磁化膜材料が開発される可能性がでてきたものと期待を述べている。

図3 今回の研究で作製された垂直磁化マンガンガリウム合金薄膜の磁化(スピン)の超高速才差運動の観測例(左図)。これまで報告されている垂直磁化膜ならびに今回のマンガンガリウム合金薄膜の磁気摩擦係数と垂直磁気異方性定数(形状磁気異方性を含む)を右図に示す