大阪大学(阪大)産業科学研究所の竹谷純一教授、広島大学工学研究院の瀧宮和男教授らは、住友化学および産業技術総合研究所(産総研)と共同で、住友化学が開発した高分子有機ELを発光させるのに十分な電流を供給できる、高分子有機トランジスタ(高分子-TFT)を開発した。同成果は2011年3月24日から27日まで神奈川工科大学にて開催される「第58回応用物理学関係連合講演会」で発表される予定となっている。

有機EL発光デバイスや有機TFTなど有機半導体を用いたデバイスは、低コスト・大面積の薄型ディスプレイ(FPD)のような次世代のエレクトロニクス産業を構築する技術として期待されており、中でも、高分子半導体は、溶液を塗布して薄膜ができるため、室温近くで印刷法などの簡便な工程により、大面積に素子パターンを製作可能で、かつ低コストでプラスティック上にもディスプレイパネルを形成できることから、産業上のメリットが大きくなることが期待されている。

高分子半導体を用いた高分子EL素子を溶液塗布による簡便な手法で製作する技術は、すでに住友化学などで開発されていたが、低コスト・大面積のFPDを実現するためには、各々の高分子ELデバイスを制御するための高性能な高分子TFTと組み合わせる必要があった。オール有機材料で構築した有機ELディスプレイは従来、低分子有機半導体を真空蒸着して形成したTFT上にさらに低分子有機EL材料を真空蒸着して作製しているが、真空環境を必要とするため設備コストが高価になるほか、フレキシブル化や大型化が困難だった。

有機ELデバイスや有機TFTデバイスを塗布法で作製できれば、設備コストが安価となるほか、フレキシブル化や大面積化も容易となるが、そのためには、大気下で安定かつ溶液塗布できる材料が必要とされていた。今回、広島大の瀧宮教授らは、大気中で安定かつ溶液塗布可能な新規高分子半導体化合物「ポリナフトジチオフェンビチオフェニル」を開発。従来の高分子半導体では、ホールの移動度が0.1cm2/Vs程度と小さく、有機ELを発光するのに十分な電流量を供給することが困難であったが、今回開発した材料を用いれば大気中での安定性に優れ、通常の平面型TFTにおいて、移動度は最高で0.8cm2/Vsになるという。

また、有機ELディスプレイに用いられる有機ELデバイスは、デバイス内に流れる電流量に応じた明るさで発光するため、画素がディスプレイとして十分な明るさを得るためには、各画素と組み合わされた有機TFTに、十分な電流を供給する能力が必要となるが、高分子ELを発光させるためには50μm角のピクセルあたり数μAの電流が必要であった。これまで、溶液塗布法で形成した平面型TFTでは、チャネル長を短くすることや多チャネルを用いて電流を増幅するが困難であったことから、大電流量を制御することが困難で、特に高分子半導体では、一般にホールの移動度が0.1cm2/Vs程度と小さいために、十分な電流量を供給することは難しいものと考えられていた。

今回、研究グループでは、新しく合成した高分子半導体(図1)を用いて、図2aの構造を有する3次元高分子トランジスタを開発し、これらの問題を解決した。

図1 ポリナフトジチオフェンビチオフェニルの構造式。大気中での安定性に優れ、通常の平面型TFTの移動度は最高で0.8cm2/Vsに達する

通常の有機TFTでは、図2bのような構造を取るため、横方向の1つの平面にだけ電子が流れるチャネル層があるが、阪大の竹谷教授および大阪府立産業技術総合研究所の宇野真由美主任研究員らのグループが開発した3次元有機TFTでは、縦方向のチャネルを高密度に配置することができるため、単位面積当たりの電流量を増大させることが可能となった。

図2 (a)3次元高分子トランジスタの構造図とトランジスタのアレイを上から見た写真。チャネル長:0.5μm。(b)通常の平面型有機トランジスタの構造図。チャネル長:5μm。3次元高分子トランジスタでは、多数の縦チャネルよりなる構造により、3次元空間を有効に利用するため、大電流密度を実現できる

また、広島大の瀧宮教授および尾坂助教らによるポリナフトジチオフェンビチオフェニルは、通常の高分子半導体と比べて大気中で安定しており、かつ高い移動度を有するため、電流量はさらに向上した。この結果、-20V程度の電圧入力によって、得られる電流増幅量は10μAに達するため、高分子ELの画素を十分に発光する能力があることが分かった(図3)。

図3 3次元トランジスタの動作特性。ゲート電極に-20V程度の電圧を加えて、160μAのドレイン電流量(ID)が得られている(この時、ドレイン電圧VDは-7V)。素子のサイズを50μm角の高分子EL画素のサイズに換算すると高分子EL素子の発光に十分な10μAに対応する。通常の平面型TFTでは、同じ条件で0.1~1μA程度しか得られないので、1桁以上の大電流が得られていることとなる

今回開発した新規高分子半導体材料を用いた3次元TFTでは、高分子ELの高速動作に十分な電流が得られたが、オール高分子で、低コスト大面積の高分子ELディスプレイを実用化するためには、信頼性および歩留まりの向上、on電流とoff電流の比を向上させることが必要となるため、研究グループではそれらの実現を今後の開発目標とするとしているほか、すでに開発された高分子ELと組み合わせることで、次世代の有機エレクトロニクス産業のキーデバイスとして、オール高分子ELディスプレイの実用化に向けた開発研究を行っていくとしている。