東京工業大学総合理工学研究科の八島正知准教授、および同大学応用セラミックス研究所の伊藤満教授、東北大学多元物質科学研究所の津田健治准教授、静岡大学若手グローバル研究リーダー育成拠点の符徳勝特任准教授らの研究チームは、有害な鉛を含まない電子材料や光触媒として注目されている強誘電体ニオブ酸銀(AgNbO3)の結晶構造を解明することに成功した。ニオブ酸銀は有害な鉛を含まない強誘電体で、優れた圧電性を示すが、1958年の発見以来、正確な結晶構造は分かっておらず、なぜ強誘電性や圧電性を示すのか理解できていなかった。同成果は材料化学の専門誌「Chemistry of Materials」の速報「Communications」に受理され、オンライン版にて公開された。
エレクトロニクス製品では、環境対策として有害な鉛などを含まない材料が求められており、これまでに様々な部品を非鉛系材料に置き換える研究開発が進められてきた。電気信号を機械的動作に変換する、あるいは逆に機械的動作を電気に変換する圧電素子は、インクジェットプリンタのインク射出、超音波診断装置などの医療機器の主要な部品として、様々なエレクトロニクス製品に応用されているが、鉛を含む材料の使用が現在は主流で、非鉛系材料への置き換えは進んでいなかった。
近年、鉛を含む材料に代わる非鉛系材料の候補として、ニオブ酸銀系材料が注目されている。優れた材料を開発するためには、材料の原子スケールでの正確な構造を知る必要があるが、最も基本的な物質である強誘電体ニオブ酸銀の結晶構造は1958年の発見以来、長年にわたって未解明なままだった。そのため、なぜ優れた圧電性や強誘電性が発現するのかという理由は分かっていなかった。
今回の研究では、収束電子回折、電子回折、中性子回折、放射光X線回折、第一原理計算を活用することで、強誘電体ニオブ酸銀の正確な結晶構造を世界で初めて解明した。
今回の研究により解明された強誘電ニオブ酸銀の結晶構造。灰色の球はAg原子を、緑色の球はNb原子を示しており、緑色の多面体はNbO6八面体を示す。赤い矢印はAgの変位を、黒い矢印がNbの変位を示している |
具体的には、ニオブ酸銀の試料を符特任准教授および伊藤教授らが作製し、その試料を津田准教授らが収束電子回折と電子回折により、空間群と呼ばれる結晶の持っている対称性が斜方晶系のPmc21であることを発見、八島准教授らがニオブ酸銀試料の中性子および放射光X線回折データを測定し、得られたデータを空間群Pmc21に基づいて解析することにより、強誘電ニオブ酸銀の正確な結晶構造を解明し、さらに八島准教授が第一原理計算により、この結晶構造の妥当性を確認した。
ニオブ酸銀の結晶構造は、ニオブ(Nb)と酸素(O)原子が作るニオブ酸(NbO6)八面体と銀(Ag)原子から構成されているが、Ag原子とNb原子がc軸に沿って変位していることがわかった。また、NbO6八面体が複雑に回転していることが見いだされた。
さらに、今回の研究により解明されたニオブ酸銀の結晶構造を見ると、Ag原子とNb原子がc軸に沿って変位していることが分かり、この変位により、ニオブ酸銀の強誘電性が発現することが解明できたほか、高温における常誘電相から室温・低温側の強誘電相に相転移する理由も、この構成イオンの変位であることが判明した。
これらの成果は、ニオブ酸銀の優れた電気的特性(圧電性および強誘電性)がなぜ生じるかという1958年以来の謎を解くことに成功したものといえ、これまでのニオブ酸銀の強誘電相の結晶構造に関する研究を否定する新しい結果であると考えられる。
なお、研究グループは、今回の特性発現メカニズムを原子スケールで解明したのに続き、今後、同じ手法を用いることによって、ドープしたニオブ酸銀や他の強誘電体の結晶構造を研究していくほか、結晶構造に基づいて新しい材料の提案に結び付けていく方針としている。