クリエイターにとって欠かせないツールとなった「Photoshop」を開発したトーマス・ノール氏が来日。「Photoshop」の歴史、開発秘話、そして未来の姿など、様々な事柄について訊いた。
「Photoshop」を作るために
Photoshopは、クリエイターにとって今や欠かすことのできないツールとなった。作業効率を上げるだけでなく、時には魔法のような技術でユーザーをワクワクさせてくれる。だが、常にアップデートしながらリリースを続けるのは並大抵のことではないだろう。ノール氏は、この長きに渡る開発をどんな心持ちで行ってきたのだろうか。
「私は確かな物作りを行うことを目標にしています。同じ機能を作るにしても、その方法によってできる物が違ってくるので、常に適切な方法が取れるようにも心がけています。機能に見合った構造や使いやすいUIが見つからなければ、搭載するバージョンを先送りする場合もあります。『Photoshop』には多くのユーザーがいますから、彼らにとって使いにくいツールでは意味がありません。常に"どんな機能が必要か?"、"どんなインタフェースにすべきか?"と長期的な視点で考えています。この理想を完全に形にできた時点で搭載できればベストなのですが、リリースサイクルの関係で半分も達成できない場合もあります。そんな時は、目標とするUIに近づけられそうな物ならリリースしますが、軸がぶれていたり、"これくらいでいいか"という後ろ向きな発想になった場合は先送りする。そう判断しています」
研究と追求から作り出す、驚きと楽しさ
誰もが納得できる使いやすいツールであるだけではなく、斬新なアイデアをも提示してくれるのがPhotoshopだ。1994年の登場した「Photoshop 3.0」は、レイヤーを搭載し、当時のユーザーに大きな驚きを与えた。
「レイヤーで画像加工がとても簡単になりましたよね。作業の確定後でも変更ができることで、ユーザーにかかる負担も軽減されました。コンポジット写真を作る時も、オブジェクトやレイヤーごとに加工した後で位置を移動したりブレンドしたりできます。実は、その究極の形が、現在のCamera Rawプラグインなのです。レイヤーによってオリジナル画像のピクセルを変更することなくに新たな画像を作成できるので、一部では『非破壊的編集』と呼ばれています」
その一方、開発過程には困難や苦労ももちろんある。有名なものにWindows版リリースのために開発言語を変更した「Photoshop 2.5」のエピソードがあるが、カラーマネジメントの開発時にも大きな苦労があったという。
「UI作りがとても大変でした。カラーマネジメントをPhotoshop 5.0で初めてリリースした時は、残念ながらユーザーを混乱させてしまいましたので、Photoshop 6.0ですぐに改善を加えました。実はこの時、スタッフ間でまったく相反するふたつの意見が生まれ、大きな議論になったんです。そこで、カラーマネジメントポリシーという概念を盛り込むことにして、現在のデフォルトでもある『組み込みプロファイル方式をそのまま保存する』方式と『ワーキングスペースに変換する』方式を作りました。今では『組み込みプロファイル』を使うユーザーが大半ですから、結果的に前者が合っていたんでしょうね。でも当時は、どちらが正しいかなんてわかりませんでした(苦笑)」
カメラマンと「Camera Raw」プラグイン
現在は「Camera Raw」プラグインの開発チームに所属するノール氏。趣味が写真というだけあり、機能についてもカメラマンの視点で考えることが多いそうだ。だが、カメラマン自身が自由に加工や調整を加えられるようになったことは、撮影後の作業を増やすことにもなる。この点でのジレンマはないのだろうか。
「確かに、写真にはそうしたふたつの側面がありますね。でも、優れた写真を撮るカメラマンは自分でプリントまですることが多いんです。例えば、アンセル・アダムスのように、作品のすばらしさだけでなく、自分で現像まですることで有名なカメラマンもいますからね。でも、撮影後に必ずPhotoshopを使わなければならないという訳ではありません。写真を思い通りに加工しやすくなったというだけで、実際の被写体を弄るかPhotoshopで加工するかはユーザー自身が判断すればいいことです」
こうしたカメラマン向けの機能がPhotoshopで強化され始めたのは、ここ10年ほどの話だ。
「元々、グラフィックを扱うクリエイター用ツールでしたが、今は様々なカテゴリのユーザーがいるので、新たなバージョンを発表する時は、みんなに価値がある機能を追加するように心がけています」