神奈川県のパシフィコ横浜で開催された、カメラと写真の情報発信イベント「CP+(シーピープラス)」にて、特別講演「Photoshop, the first 20 years」が行われた。講演では、「Photoshop」生みの親トーマス・ノール氏が、Photoshopの歴史と進化を語った。

特別講演の会場は満席。このイベントのために来日したトーマス・ノール氏は「Photoshop」の様々な秘話を披露

「Photoshop」の始まりは、弟に頼まれた画像処理プログラム

講義は、Photoshop開発するに至る経緯からスタート。ミシガン大学でデジタル画像に関する博士論文を執筆中だった1985年、ノール氏はインダストリアル・ライト&マジックで働く弟のジョン・ノール氏から「画像処理するコードがほしい」との依頼を受けた。そこで提供したコンピュータプロセッシングプログラムこそが、Photoshopを作るきっかけとなった。その後も弟からの要望提案、ノール氏のそれを受けた機能追加と、ふたりのやりとりは数カ月続いたという。そのうちに、トーマス氏は博士論文よりもプログラミングに没頭するようになったという。

「開発が生活の中心になり、結局論文を書くことをやめてしまいました。実は、論文は今書き終えていないんです」と苦笑していたが、このプログラムは素晴らしい物となった。商業アプリとしての可能性を見抜いた弟は、ノール氏に「ソフトウェアパブリッシャーに売り込もう」と提案。ふたりでKnoll Softwareを設立し、1989年にはアドビからのライセンス販売がスタートすることになったのである。

「Photoshop」進化の歴史

Photoshopの開発には、ハードの技術進歩が大きく関係している。そこでトーマス氏はまず、「Photoshop 1.0」リリース前、1988~1989年頃の入力デバイスやイメージプロセッシング方法、出力の状況を解説した。例えば、当時は7000USドルもする300dpiのフラットベッドスキャナなどが入力デバイスの中心で、出力時は高品質な印刷にはまだ対応できないカラープリンタ、CMYK分割をしたい場合はフィルム出力などが必要だった。またMac用のイメージプロセッシング方法には、8-bitグレースケール用の「Digital Darkroom」や最初のPhotoshopの競合製品として24-bit RGBカラーを扱う「ColorStudio」などがあったが、一般的に使われるようなものではなかった。つまり、高価な入力・出力デバイスが必要な上に、イメージプロセッシング面でできることも少ない、未熟でニッチな市場だったのである。

そんな中、Photoshop 1.0は1990年2月に発売された。728Kという現在の1000分の1の容量には、ツールパレットやTIFFフォーマット対応、マジックワンドやコピー&ペースト機能が凝縮されていた。

ここまで解説したノール氏は、Photoshopの原型「Display」と「Adobe Photoshop 1.0」のデモを開始。女性と海が映る写真素材を前に「これはジョンの奥さんの写真です。ジョンはこの写真を使い、クライアントに何度となくデモンストレーションをしていたんですよ。当時と今のPhotoshopとの大きな違いは、プレビューボタンを押さないと加工の結果がわからないことでした」と思い出を語りながら、背景に島を追加する編集工程を披露した。

1991年6月発売の「Photoshop 2.0」ではCMYKカラーに対応。より高品質なカラー出力が可能になったことで、出版・印刷業界に一躍その名が広まった。2.5でObject PascalからC++へと開発言語を変更、初のwindow版リリースでユーザー数を飛躍的に拡大させる。そして、レイヤーやタブパレットを搭載した「Photoshop 3.0」、調整レイヤーやアクション&バッチを加えた「Photoshop 4.0」と進化を続け、1998年5月の「Photoshop 5.0」では、実際の書類とディスプレイ上の画像を同じ色で表示するカラーマネジメントを導入。翌年2月にはWeb用プラグインを追加した「Photoshop 5.5」がリリースされた。改良版カラーマネジメントやレイヤースタイルが追加された「Photoshop 6.0」を経て、「Photoshop 7.0」では修復ブラシツールのほかオプションでCamera Raw1.0が初お目見えした。その後も「Photoshop CS」では、シャドウ/ハイライト機能を持つCamera Raw2.0、「Photoshop CS2」でスマートオブジェクト機能を持つ3.0、「Photoshop CS3」では、スマートフィルターやレイヤーの自動整列・合成を可能にした4.0、「Photoshop CS4」ではGPUサポートとwin版64bitネイティブへの対応、「コンテンツに応じた拡大縮小」機能を搭載した5.0と順調に進化を遂げる。

2010年4月には最新版の「Photoshop CS5」が登場。ノール氏をして「魔法のような機能」と言わしめた「コンテンツに応じた塗り」や「パペットワープ」を含むCamera Raw6.0の搭載、mac版64bitネイティブ対応など大幅な進化を遂げた。

ちなみに、次期リリースは「Superstition(迷信)」と呼ばれるバージョン13。具体的な内容の提示はされなかったが、そのコードネームからも期待が高まる。

最新バージョンと「Photoshop」の未来

Photoshopの長い歴史を辿った後は、最新版Photoshop CS5のデモへ。画像素材に対し露出調整やレンズ補正機能を利用し、カメラが捉えきれなかった箇所すらも補正する驚きの加工を、ノール氏自身が見せてくれた。またノール氏は、このデモを参考に現在の画像処理の状況も解説。50USドルあれば1200DPIのフラットベッドスキャナが購入できるほどに入力デバイスの価格が下がったことや、Photoshop CS5や「Lightroom」によってビギナーでも気軽に画像処理が取り組めるようになった状況、また出力先は紙のみならず、Webやオンラインといった幅広い方向へと拡大しつつあることを提示した。その上で、1988年と2011年のコンピュータの処理能力を比較。数値的速度は420,000倍、メモリーアクセスのスピードは400倍というデータを挙げながら、イメージプロセッシングのアルゴリズムの開発方法も激変したと語った。こうした変化こそが、例えば「スライドを動かしながら加工結果を確認できる」など、PhotoshopでおなじみのUIの実現を可能にしたのである。

将来的には、ユーザーのフィードバックを元にアルゴリズムを進化させること、ソースイメージと処理命令だけを保存し必要に応じて進行中の出力イメージを計算する「Just-in-timeイメージプロセス」、処理速度を向上させる「GPUサポート」の活用、タブレットや携帯電話などのポータブルデバイスへの搭載を示唆。さらにクラウドストレージとコンピュータの利用スタイルなども視野に入れた開発を進めていきたいとの展望を提示し、約1時間の講義を終了した。

トーマス・ノール氏

撮影:清水敬士