京都大学の岩田想教授および静岡県立大学の伊藤圭祐 助教、同伊藤創平助教らの研究グループは、虫歯の病原因子として同定されている酵素である「グルカンスクラーゼ(GSase)」の立体構造をX線結晶構造解析によって明らかとすることに成功し、この酵素による多糖の合成メカニズムを明らかにした。米国の科学誌「Journal of Molecular Biology」のオンライン速報版で公開される予定。

虫歯(う蝕)は全世界人口の7割、日本人の9割が患っている身近な生活習慣病であり、砂糖の摂取が原因となって発症する。虫歯の進行に伴い、痛みや歯を失うだけにとどまらず、長期間放置すると敗血症を引き起こして死亡する例も報告されているほか、虫歯発症の原因となる歯垢(プラーク)は口臭や歯周病、誤嚥性肺炎の原因にもなっている。

虫歯の病原因子としては、すでに口腔中のストレプトコッカス・ミュータンス菌に由来する酵素であるGSaseが同定されている。虫歯は、口腔中に砂糖が存在する状態でGSaseが粘着性多糖であるグルカンを合成、その後、グルカンは食べカスや他の口腔細菌を巻き込んで歯垢を形成し、内部で口腔細菌が増殖。歯垢内部で口腔細菌により酸が産生されることで歯が脱灰して、虫歯が進行するという流れとなっている。

そのため、GSaseの働きを阻害することで、虫歯の発症リスクを低減することが可能であり、各種食品素材などからGSase阻害物質が探索され、緑茶カテキンなどのポリフェノール類に強い阻害効果があることが報告されていた。しかし、より選択性が高く、強い効果を持つ阻害物質の探索・設計にはGSaseの分子基盤を明らかにする必要があったことから、今回、研究グループでは、GSase阻害物質の探索・設計への分子基盤情報を得ることを目的に、GSaseの立体構造解明を試みた。

虫歯の発症メカニズム。まず(a)で口腔中にストレプトコッカス・ミュータンス菌が存在する状態で砂糖を摂取すると、そのストレプトコッカス・ミュータンス菌が産生するGSaseにより砂糖から粘着性多糖であるグルカンが合成される(b)。そして、グルカンに食べカスや他の口腔細菌が巻き込まれ、歯垢が形成され、口腔細菌により酸が産生されることで歯が脱灰し、虫歯が進行する(c)という流れになっている

具体的にはストレプトコッカス・ミュータンス菌のゲノムからGSaseをコードする遺伝子を取得、発現領域および発現条件の最適化を行い、これまで困難であった均質なGSaseの大量調製に成功した。

その後、膜タンパク質の結晶化で効果をあげている界面活性剤の技術を用いて結晶化を行い、X線結晶構造解析によりGSaseの立体構造を解明した。また、GSaseの多糖グルカン合成メカニズムを分子レベルで解明するために、阻害剤であるアカルボース、アクセプター基質である麦芽糖との結合構造についても解析に成功した。

GSaseの全体構造は、既知のアミラーゼに類似したTIMバレル構造を取っていたが、既知アミラーゼと比較してアミノ酸配列の順列に置換が起きており、さらに触媒部位に被さるように2つのαヘリックスが存在していたという。

GSaseの全体構造。(a)はGSaseと既知のアミラーゼ(BLA:Bacillus licheniformis α-amylase)の構造比較。Domain A、B、Cの構造は全体的に類似していたが、GSaseには既知のアミラーゼにはない2つのαヘリックス(α4'とα4'')とDomain IVが存在した。Domain Vは今回の研究では明らかにしていない。(b)はアミノ酸配列とDomain構造の比較。GSaseでは、既知のアミラーゼと比較して、アミノ酸配列の順列に置換が起きていた

また、GSaseの触媒部位において、サブサイト-1の立体構造は既知アミラーゼと類似していたが、サブサイト+1、+2、+3の構造は大きく異なっていた。このことは、GSaseに特異的な阻害剤の設計に重要な知見であるほか、GSaseのアクセプター基質である麦芽糖は、GSaseのN末端から517番目のトリプトファン残基と430番目のチロシン残基に挟まれて結合しており、これらのアミノ酸残基がアクセプター基質の結合に重要であること、さらに、アクセプター基質の結合配向には593番目のアスパラギン酸残基が重要であることも明らかとなった。

阻害剤、アクセプター基質との結合構造。(a)はGSaseの阻害剤であるアカルボースとの結合構造。サブサイト-1のアミノ酸残基は既知のアミラーゼと類似していた一方、サブサイト+1、+2、+3のアミノ酸残基は大きく異なっていた。(b)はアクセプター基質である麦芽糖との結合構造。麦芽糖はN末端から517番目のトリプトファン残基と430番目のチロシン残基に挟まれて結合しており、さらに、アクセプター基質の結合配向には593番目のアスパラギン酸残基が重要であったという

研究グループでは、今回明らかになった虫歯の病原因子の立体構造情報を利用することで、より特異性の高く効果の強い虫歯の予防(GSase阻害)物質の探索・設計が可能になり、歯周病と並んで歯科の2大疾患であり、最も身近な生活習慣病でもある虫歯の予防へ向けたより効果的な予防物質の探索ができるようになるとするほか、緑茶カテキンに代表される既知のGSase阻害物質についても、阻害効果の科学的根拠が明らかになるものとの期待を寄せている。